2.オーバーレイ作戦

「こちらAMGTSアマガツ1。間もなく目標地点上空に到着。空域内霊波、上昇中――」

「了解した。現時刻よりオーバーレイ作戦を開始する」


 けたたましいローター音を響かせて飛来したのは、陸上自衛隊所属のAH64D攻撃ヘリコプターだった。地上には、同じく陸自所属の一〇ヒトマル式戦車が鎮座し、隊列をなしている。いずれも近隣の朝霞あさか駐屯地から出動した第一師団だ。


 刹那、閃光が周囲を照らした。

 上空からの照射――都市の暗闇を照らし出すかのように、巨大な魔法陣が虚空に複数出現していた。

 その大きさは一つ一つが直径十数メートルにも及ぶ、夜空を埋め尽くす光のタペストリーだ。光線が溝を流れる液体のごとく瞬時に走り、円を描いてゆく。

 魔法陣にはそれぞれ複雑怪奇な文様が描かれている。

 それは、ある部分は幾何学的であり、またある部分は古の眷属が使用していたそれを思わせる、呪術的な意匠を凝らしたものに見えた。

 光の円陣は、さしずめ巨大な集積回路だ。歯車ギアのように均一の速度で回転している。


 エレキギターが奏でるコードBmビーマイナーの重低音にも似た、唸り声のようなものが周囲の空気を震わせている。声は上空の魔法陣から降り注いでいた。

 そして、それをかき消さんばかりにとどろく爆音――アパッチロングボウ攻撃ヘリコプターの飛行音だ。第二世代型アローヘッドシステムが搭載された、最新鋭機。上空を二機が旋回している。


「火器管制システムON。レーダー、ATMへ移行」 


 ATM――対空目標モードの事である。

 パルス・ドップラー・レーダー波形による走査が、瞬く間に行われる。


 前席に陣取るガナーは即座にCPGサイト・コンソールへと目を走らせた。


「目標は探知できず……目視での戦闘になるやもしれん」

「了解した。追って指示を出す」


 指揮官機から通信が入った。


 戦闘――そう、いままさにかれらは「何か」と戦おうとしている。

 最後の世界大戦からおよそ七十年以上を経たこの時代においても、戦火はいまだ潰える事がない。近隣諸国による、領空・領海侵犯は日常茶飯事。各国の上空を飛び越える弾道ミサイルの問題に民族間紛争など、あげれば枚挙にいとまないほどであった。

 だが、これから訪れる脅威は、そのいずれとも違う――。

 

「AMGTS2よりAMGTS1へ、これより殲滅行動に移る――来るぞ」


 ヘリに搭載された固定武装の、二〇ミリM一九七機関砲が火を吹く。

 オレンジ色の光芒が夜空を駆け、闇の中へ放物線を描いてたなびいた。

 破裂音と衝撃波がほぼ同時に周囲を襲う。

 続いていずこかで爆発。

 赤黒い炎が瞬く間に広がり、夜空を染めていった。


「やったか?」


「いや、まだだ。前方を警戒せよ」


 通信が入った次の瞬間――闇の中から、それらはあらわれた。

 闇が抜け出てきた、といった方が適切かもしれない。


「あの化け物が目標か。えげつないな」


 はたしてパイロットの言う通りであった。


 闇の中で、大樹の根ほどもある無数の触手がうごめいている。

 太さも長さもまちまちで、一見すると巨大なイソギンチャクを思わせる異様さだ。触手にはそこかしこに吸盤状のくぼみも見て取れ、ある種の海棲生物が巨大化したような、そんな威容を見せつけている。

 だが、それは腔腸動物のそれではない。

 虚空に出現した円陣より降り立ち、大地を踏みしめる両脚は恐竜のそれを思わせるほどに力強い。その先端からのびる四本の爪が、都市のコンクリート面を踏み抜いていた。おまけに背中には蝙蝠を思わせる黒々とした翼が二対。無気味にねじくれ曲がった角が後方に向かって伸び、まるで古文書に登場する悪魔そのものといった外観である。


「あれが、〈虚獣〉――」

 地上を警邏する陸自隊員の一人が、誰にともなくつぶやいた。


 〈虚獣〉――それは、この世界を侵略する謎の巨大生命体の総称である。

 その目的、生態ともにいっさいが不明であり、何処からやってくるのか、あるいは誰かが送り込んでいる兵器なのか。それすらもまったくわかっていなかった。

 ただ一つだけ言えるのは、虚空から魔法陣とともに現れ、斃されるとうつろのように消え去るということ。それが〈虚獣〉と呼ばれるゆえんである。

 全世界規模で出現が報告されているこの怪物が、東京都内に出現するのはこれが三度目であった。



「戦闘エリア内の霊波、なおも上昇中――」


 それはあまりにも異様な光景だ。

 都会の夜空を舞う最新鋭の攻撃ヘリと戦うのは、形容のしがたい巨大怪物である。

 この様子を誰かが目視していたらば、出来の悪いコンピューターゲームか子供だましのムービーの一場面を連想した事だろう。それほどまでに非日常的な光景にほかならなかった。



 〈虚獣〉出現の報を聞いて、陸自隊員は総勢奮い立っていた。


「続いてミナレット級五体の出現を確認。地上からも殲滅行動に移行する」

「了解した――」


 ロングボウは即座に機関砲を掃射する。

 続いて一〇ヒトマル式戦車の滑空砲が鋼鉄の咆哮を上げた。



「化け物め、落ちろ――!」


 ロングボウの両サイドに設けられたウェポンラックから、AGM-114ヘルファイア・ミサイルが発射される。

 「地獄の業火ヘルファイア」の名を持つその兵器の直撃を受けて無事で済むはずはない。

 もはやプライオリティ・ファイア・ゾーンは際限なく拡大されており、眼下では周囲の建物が紅蓮の炎を上げていた。


          ◇


 ヘルファイアの直撃を喰らった〈虚獣〉は、しかし依然として健在だった。

 反撃を試みるかの如く、低く咆哮する。

 衝撃波が放たれ、ヘリを激しく揺さぶった。そこへ無数の触手が噛みついてくる――が、それを予見していたかのような卓越した機動を見せると、続けざまにヘルファイアを発射した。全て命中する。


 〈虚獣〉は爆発のエネルギーを押し返そうとするが、どうやら押し負けたようだ。激しく明滅すると、一瞬ののち爆散した。当然遺骸は残らない。その名が示すように、かき消えてしまうのだ。


「第一目標、殲滅を確認。第二目標の殲滅に移行する」

AMGTSアマガツ2よりAMGTS1へ――了解した。こちらも戦闘に介入する。オーバーレイ作戦、ぞっこ……」


 通信はそこで途絶する。

 後方から迫るミナレット級――その触手の一本が、アパッチを叩き潰したのだ。

 一瞬の出来事であった。

 漆黒の鞭――そのひと振りでもって、最新鋭の攻撃ヘリは空中で粉砕され、粉みじんになって落下する。次いで、爆発炎上。熱風が周囲一帯を駆け抜け、燃料の焼ける嫌な臭いが充満した。

 ごうごうと燃え盛る爆炎は曇天をますます染め上げてゆく。

 戦況は混乱の一途をたどり始めていた。

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