85 フェンリルのおじさんを助けてあげました
兄たんや母上とは違うフェンリルだ。
毛並みは灰色がかっていて、少しボサボサとしており艶がない。顔周りには深いシワがある。 お爺ちゃんなのかな。
動かずに、身体を丸めて眠っているようだ。
どうしてこんなところにフェンリルが囚われているのだろう。
俺はふらふら近付こうとした。
「近付くな! 氷にされてしまうぞ!」
「え?」
慌ててイヴァンが俺を引き留める。
広間を良く見ると、人の形をした氷像が何体も並んでいる。武器を振り上げた動作で固まっている奴もいた。たまに兄たんが言ってる「ちょっと凍らせる」の実践バージョンだ。
人間目線で見ると、氷像が沢山並んでいるのはホラーだな。
「わーお」
「近付き過ぎなければ大丈夫だ。あのフェンリルはあそこから動かない」
「でも近付かなきゃ話ができないじゃん」
「待て!」
イヴァンが止めるのを振り払って、俺は前に出た。
その途端、眠っていたフェンリルが目を開けて俺を見た。
「……懐かしい匂いだ。もしや
「しゃべった?!」
イヴァンが驚いている。
普段はしゃべらなかったのかな。兄たんも人間と積極的に話そうとしないから、このフェンリルも迷宮攻略に来た人間を無視していたのかもしれない。
俺は見知らぬフェンリルと向かい合う。
「誰かと勘違いしてない? 俺はフィーリじゃないよ」
「いや。その柔らかい雪のような毛並み、ぷくぷくの肉球、丸みを帯びた三角の耳……フィーリに違いない!」
えっとお。
どうやら
「あー、フィーリでいいよもう。おじさん何でここにいるの?」
「忌々しい運命の三女神の騙し討ちにあったのだ。あれから何年経った? 百年か、二百年か?」
俺に聞かれても分からないよ。
困惑していると、追ってきたイヴァンが俺に耳打ちする。
「……神々と神獣が争ったのは千年以上、昔とされている。ニダベリルの周囲の迷宮は古代遺跡だから、千年経っていてもおかしくない」
そういえば昔話で聞いたことがある。
確か、地上の覇権を巡って神獣と神々が争い、結局、神獣が勝ったけど戦いで数を減らしていたから人間が地上の覇者になったんだよな。
負けた方は邪神と呼ばれるようになった。
人間の繁栄を羨んで悪さをするようになったからだ。
「千年だって」
「ゼフィ!」
イヴァンは「指摘して怒らせたらマズイだろ」と慌てている。
えー? 正直が一番だよ。
「そうか、なんだ千年か……千年。千年?」
フェンリルのおじさんはちょっと固まった。
「千年とか受け入れられないから聞かなかったことにしよう!」
おう、華麗にスルーされた。
「おじさん面白いね」
「うむ。我が甥フィーリや、お前の得意な火の魔法で、この
年老いたフェンリルは前足を持ち上げて黄金の
ジャラリと鎖の音がした。
火の魔法……?
「フェンリルの氷の魔法を、この鎖は無効化するのだ」
なるほど、強そうなフェンリルのおじさんが捕まってしまった理由がそれか。火の魔法か……最近、練習してるけど上手くいくかな。
「分かった。試してみる」
俺は一人、囚われのフェンリルに近付く。
イヴァンやルーナはその場に留まって不安そうに俺の動作を見守っている。
黄金の鎖に触れると、俺は火の魔法を使った。
フォワッと青白い炎が手のひらから出た。
「あれ?」
何故か火の魔法がパワーアップしている。
おかしいな……まさか、
黄金の鎖がドロリと溶けて、崩れた。
「……見事だ。我が子孫であり人の子でもある者よ」
フェンリルのおじさんが重々しく言う。
狼の輪郭は神々しく光輝いた。
さっきまでの痴ほう症みたいな雰囲気がない。神様らしい威厳をまとわせて、何もかもお見通しという目で俺を見ている。
「千年を越える束縛で、とうに我が肉体は滅びていた。ここにある我は亡霊、ありし日の残影。お前のおかげでやっと世界に還ることができる」
「おじさん……?!」
「本当は分かっていたのだ。お前が甥ではないことは」
な、なんだってー?!
「甥フィーリに勝るとも劣らぬお前の可愛さに、ついふざけてしまった」
「待っておじさん! 名前を聞かせてよ。いろいろ話がしたいんだ、まだ消えないで」
おじさんが先祖の誰かなら、ちゃんと挨拶しなければいけないし、迷宮の造りや脱出方法も聞きたい。
だがフェンリルのおじさんは優しい眼差しを細めて、ますます輪郭が薄くなっていく。
「我が名はマーナガルム。礼を言うぞ、若き
キラキラと光の粉になって、フェンリルのおじさんは消えていった。
同時に広間の白い氷像たちに色が戻る。
氷魔法が解凍されたらしい。
「……うわっ、これはいったい?!」
「私は死んだと思ってたのに!」
解凍された人間たちは口々に騒ぎだした。
「ゼフィ、あれを見ろ」
イヴァンが指差した方向を見ると、フェンリルのおじさんが繋がれていた門が、ギギギと唸り声を上げて開き始めている。
「よし、奥へ進もう!」
俺は後ろで様子を見ていたルーナに手招きすると、皆で開いた扉の向こうに飛び込んだ。俺たちが入ると扉が自動的に後ろで閉まる。
来た道のような土壁の迷路が続いていると思いきや。
足元は石の床だったが、左右の壁は木製の棚である。
棚には本がぎっしり詰まっていた。
「すごい……! こんなに沢山の書物を見たことがないぞ」
イヴァンが目を輝かせている。
そういえばこいつ、本が好きだったな。
暇があったら寝転んで古い本を眺めていたイヴァンを思い出した。
本棚の上には針金で編んだ
モンスターが出るような雰囲気じゃないな。
俺たちは周囲を見回しながら本棚の間を歩いた。
「あらあら、お客様? どうぞゆるりとしていってくださいな」
女性の声がする。
頭巾の上に黒いベールをかぶった修道服の女性が、本棚の向こうから現れた。
「私はヒルデ。この図書館の司書をしております」
「……お母さん?」
「え?」
ルーナがぽつりと言った。
彼女は驚愕した表情だ。
こんなところで母子再会? 奇遇だなー。
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