77 嘘はときどき本当になってしまいます

 無敗・・の六将と呼ばれた、かつての俺たち。名前の由来は負け知らず。その六将の一人である黄金の聖女が、そう簡単に捕まるだろうか。

 フレイヤはのんびり構えた俺をかした。

 

「セイルさま、私と一緒に来てください!」

 

 真っ赤になりながら手を差し出してくる。

 俺を抱えて一緒に炎の翼で空を飛ぶつもりなのだろうか。

 

「君、体力の限界だろ? その火の魔法、うまく制御できてないみたいだし」

 

 最初に出会った時も墜落してたよな。

 そう指摘すると、フレイヤは肩を落とした。

 

「そうなのですが……私は竜に乗れないので、他に移動手段を思いつかず」

「じゃあ竜に乗る練習をしよう」

 

 俺はちょうどいいと提案した。

 フレイヤはぎょっとする。

 

「え? そ、それはちょっと……」

「遠慮せずに。なあ、ティオ、スノウ貸してくれよ」

 

 しかし当のスノウは嫌そうに首を振った。

 

「キューキュー(僕はご主人様以外、乗せないもんね)」

 

 わがままな奴だなあ。

 グスタフはじりじり後ずさりしている。

 どいつもこいつも王女さまを背に乗せる気概はないらしい。

 

「……こんなこともあろうかと! 登場回数を温存していたのだ!」

 

 唐突に空に影が差した。

 空よりも青いコバルトブルーの竜が、俺たちを見下ろしている。

 グスタフより大きなその竜は、獰猛さと優雅さを内包した細身の体格をしていた。空に広げた一対の翼は大きく、背筋から伸びる長い尾がバランスを取っている。額には黄金の角。角と同じ色の瞳には、深い知性の輝きがある。

 竜に見えるけど実は竜じゃない。東の海に棲む神獣ヨルムンガンド。

 

「さあ、乗るがいい!」

「い、いやっ」

 

 めっちゃナイスタイミングで現れたヨルムンガンド。

 しかしフレイヤは竜嫌いなので青ざめている。

 彼女は意気揚々としているヨルムンガンドを前に後ずさった。

 

「私、やっぱりお母さまを助けるのを諦めます……」

「そこまで嫌いなの?!」

 

 筋金入りだなー。

 嫌がっている彼女を見ていると、俺は何だか悪戯心がうずうずしてきた。

 

「よし分かった」

「え?」

 

 涙目になっているフレイヤに歩み寄ると、強引に手をとって彼女を横抱きにした。

 そのままヨルムンガンドに飛び乗る!

 

「えーーっ!」

「大丈夫大丈夫。フレイヤが竜に乗るんじゃなくて、俺が竜に乗るんだから、まったく問題ないよね!」

「いやいやいやっ、セイルさまの馬鹿ーっ!」

「あははっ」

 

 俺の腕の中でフレイヤは半泣きだった。

 もうヨルムンガンドの背中の上なので、俺から離れると即、竜に触れなければいけない。それが嫌だから動きようがないのだ。

 ティオが地上で呆れている。

 

「ゼフィ、容赦ないね……」

「そういう訳で行ってくるな!」

 

 俺はティオに手を振る。

 ティオは「仕方ないなあ」と諦めた表情で、ミカは「行ってらっしゃいませ」と言いながらペコリと頭を下げている。

 ヨルムンガンドはふわりと離陸して、空へ舞いあがった。

 

「で、どっち?」

「……東の方です」

 

 フレイヤの台詞は何故か葉切れ悪い。

 視線が宙をさまよっている。

 

「ふむ。バレンシアの元へ飛べばよいのだな?」

 

 ヨルムンガンドは自分で判断して進路設定をしたようだ。

 青い翼で羽ばたいて加速する。

 その速度にフレイヤはぎょっとした。

 

「はやいはやいはやい、何これっ?!」

「ふふふ、速いだろう。すごいだろう。我が孫娘よ!」

 

 動揺のあまり戦姫モードが崩れているフレイヤに、ヨルムンガンドは得意げに語り掛けた。

 孫娘と呼ばれてフレイヤは柳眉を寄せる。

 

「孫娘? 確かに私は、竜の血を引く娘、とちまたうたわれていますが」

「その竜とは私のことだ、フレイヤよ。私の娘は人間に化けて、エスペランサ王家の者と契りを結んだ。その末裔がお前なのだ」

「嘘……」

 

 突然、明かされた衝撃の事実に、フレイヤは仰天している。

 

「お前は竜の血が濃い。その強力な炎の魔法も、我が血によるもの。フレイヤ、我が孫娘よ。娘の代わりに、老い先短い私の元に戻って来てはくれないか」

「……」

 

 ヨルムンガンドの老い先って、何年ぐらいのことなんだろ。人間の「老い先短い」は数年をさすが、このお爺ちゃんの場合、数十年はありそうだ。

 しかしここは俺が口を挟むところじゃない。

 フレイヤは戸惑いながら返事をした。

 

「……あなたの言うことが真実かどうか私には分かりません。たとえ真実だとしても、私はエスペランサの王女として、あなたの元に行く訳にはいかないのです」

 

 予想された返答だった。

 いきなり「お爺ちゃんです。私のところへおいで」と言われて付いていく人がいるだろうか。しかも相手は人間じゃない。竜の姿をしてるんだぞ。

 

「そ、そうかー……」

 

 ヨルムンガンドは消沈した声を出した。

 すごく落ち込んでいる様子が伝わってくる。

 飛ぶ速度も心なしかゆるやかになった。

 

「ん? もしかして目的地に着いた?」

「うむ……ここはバレンシアの宿泊している街だな」

 

 雑談しているうちに、黄金の聖女がいる場所に来ていたらしい。

 眼下には城壁に囲まれた都市の街並みが広がっている。

 えーと。誰がどこに捕まってるって?

 

「ごめんなさい、セイルさま!」

 

 腕の中のフレイヤが唐突に謝りだした。

 

「お母さまが捕まったというのは嘘です! セイルさまとお話するために、嘘をついていました!」

 

 なんだってー?!

 いや、何となく変だなと思ってたんだよ。

 

「そっか。でも聖女さまが無事でよかったよ。話って何?」

 

 俺は気を取り直してフレイヤに問い返す。

 フレイヤは途端に口をぱくぱくさせて、黙り込んでしまった。

 

「……それは」

「おや?」

 

 彼女の返事を待っていると、ヨルムンガンドが東の山脈の方を見て声を上げた。

 

「ゼフィ、あれが見えるか」

「どれどれ」

 

 俺たちは、山脈に隠れている巨大な人影を発見した。

 それは緑色の毛が生えた巨大な猿の姿をしていた。

 片手に石で出来た棍棒を持ち、片手で崖をにぎりしめ、禍々しい隻眼で街の様子を伺っている。

 

「ほほう。巨人とは、千年ぶりに見たな」

「巨人? 古代の神々の戦いで全滅したという、巨大な人型モンスターのことですか?」

しかり」

 

 巨人の背後、ここから見るとありの群れのように見えるが、他国の軍隊とおぼしき人間たちが行列を作って山を進んでいる。

 

「もしかしてエスペランサを攻撃しようとしている敵国の部隊?」

「そんなっ、私の嘘が本当になってしまうなんて?!」

 

 フレイヤが悲鳴を上げた。

 さて、どうしようか。俺はエスペランサを助ける義理はないんだけどな。ヨルムンガンドとの約束も、ある意味、さっき果たしてしまったし。

 

「セイルさま……!」

 

 しかし涙目のフレイヤにじっと見つめられ、俺は根負けした。

 

「まずは聖女さまに報告しよう。乗りかかった船だ。あの巨人は俺が追っ払ってあげるよ」

「はい!」

 

 ヨルムンガンドは街に向かって下降する。

 伝説の巨人か……今回は食べる部分が少なそうだな。

 

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