第20話 霊感持ちの、苦悩

 病院の玄関先にまでバイクで乗り付ける。転げるようにバイクを降りて、開いたガラス扉から中へと駆け込んだ。


智充さとる!!!!!」


 名前を呼びながら病院内を駆け回る。ここにこんなに霊はいなかったのに、今では一つの区画に一体はいるのではないかという多さで色々なものがいた。ただ少しチャンネルがずれているのか相手から俺は見えないらしい。俺からも普段より視にくくてピントが合わない。クリアに視えるより怖さが少ない。なるべくそっちに視線を向けないようにもしながら、どんどん進んで行く。

 二階の病室の扉が一箇所だけ閉まっていて、開けようとしたけれど何かが突っかかっていて開かなかった。数回ノックしてみると、中から智充の声がした。


大樹たいき……?」

「智充!」

「本当に大樹だよね?」

「そうだよ!!! 早く開けろ!!!」


 引き戸が開き、智充が飛び出してくる。思わず抱きとめるけれど、体温は感じなかった。逆に自分の体温を奪われる感覚に陥る。反射的に引き剥がそうとする腕を収め、代わりに智充の腕を掴んで玄関へと走りだす。

 階段を駆け下り、あとはこの真っ直ぐ続く廊下を抜けるだけ。廊下の先にはガラス扉が口を開けている。廊下の両脇、診察室や処置室、レントゲン室など数々の部屋から霊がぞろぞろと廊下へ出て来るのが視えた。相変わらずチャンネルは少しずれているようだったけれど。

 ゾンビ映画で似たようなの観たななんて思っている暇はない、早く、早くここから出ないと。


 ガラス扉まであと50mというところで、目の前に看護師が飛び出してきた。血走った瞳は智充を真っ直ぐに捉えている。俺は智充と看護師の間に立ち塞がり、爪の剥がれた血塗れの手が俺に迫った。


 殺される。


 次の瞬間、看護師の腕が吹き飛んだ。看護師は理解出来ないというような目で消えた右腕のあった部分を見て、そして左手を伸ばす。その左手も、俺に届く前に吹き飛んだ。

 どういう事だ?

 俺が状況を把握しようとするより先に、脳内に声が響いた。


(名前を書いたカルテを燃やして)


 その声はさっき家で聞いた声と同じで、いつの間に憑いてきていたんだと驚いた。俺は受付の方を向き、散らばるカルテから智充の名前の書かれたものを探した。けれどなかなか見つからない。ああもう!まどろっこしい!

 俺はポケットからライターを取り出し、適当に目に付いたカルテに火をつけた。カルテはそこそこの勢いで燃えていく。智充にも手伝わせて、俺たちは懸命にカルテを探した。


「さっき足元に飛んできたからこの辺の床に……たぶん……」


 カルテをかき分けながら、看護師の方を伺う。看護師の前には白いワンピースの女が立っていて、どうやら女が看護師を押さえ込んでいるようだった。

 あれは……前に大学で……。


「あった!」


 智充が一枚のカルテを掴み、そして燃えているカルテの中へそれを放り込んだ。智充の名前が、燃えていく。


(病院から出なさい)


 俺は智充のカルテが燃え尽きたのを確認してからジャケットを被せて火を消し、智充とともに病院を出た。

 もう何にも邪魔はされなかった。


 息を切らせる俺に、智充が謝った。それは、何の謝罪なのだろう。

 智充を視ると、その身体は透けていた。

 多分、あのカルテが智充を死んでも離さなかったのだろう。カルテが燃えた事であの看護師との縁も、この病院との縁も切れ、成仏出来るように、なったのだろう。


「やっと怖い思いしなくて済むようになるわ」

「大樹……」

「さっさと逝けよ、バカ」

「ずっと付き合ってくれてたんだね、ごめんね」

「謝るのは俺の方だよ、お前が死んだ事を認めたくなかったんだから、俺は」

「優しいんだから〜」

「うるせぇよ」

「全部俺がいけないのにさ、ほんと、優しすぎるでしょ」

「もう、いいから」

「生まれ変わりとかあるのか知らないけど、またどっかで会えたらいいな!」


 そう、言って、智充は消えた。

 俺はその場に座り込んだ。力が抜けて、立てなかった。


「もう会いたくねぇよ、ばぁぁか」


 向こうから師匠が来るのが見えた。師匠は俺を見て、俺の斜め後ろを視た。俺もその視線につられて後ろを振り返る。そこには薄桃色のワンピースの女がいて、瞬きの後、いつも部屋の隅にいた女になった。


「お前、いつの間にこんな強い守護霊手に入れたんだよ」

「守護霊ぃぃ???!?!!?」

(感謝して)


 流れそうだった涙が引っ込んだ。智充の笑い声が、聞こえた気がした。


 視えるだけだった俺は、どうやらちょっと、いや、かなり強くなったらしい。


 大学を卒業した俺が、師匠の元で働くようになるのは、また別の、お話。



【了】

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霊感持ちの苦悩 月白あん @tsukishiro_an

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