第19話 あの日の事

 電話が鳴った。智充さとるからの電話。いつもの電話。今度はどこに呼び出される。どこへでも行くよ。だってそうしていればお前は。


大樹たいき! ヤバい! 喰われそう!』

「は?」

『ごめん俺、死んだ病院に来ちゃったんだ』

「なっ」

『俺の事殺したやつ、まだ俺の事狙ってた!』

「ばっかやろ……!」


 俺は慌てて部屋を出ようとして、金縛りにあった。廊下へ続く扉に向かって走りだす格好のまま固まった俺の、顔だけが勝手に動いて部屋の隅を向いた。

 いつも座っていた女が立って、俺を睨みつけていた。


(行けば死ぬ)


 頭の中に声が響く。こんな事が出来るなら本なんて動かさなくてもいいじゃねぇかよ……。けれど声が響く度に頭がひどく痛んで、本を動かしてくれていてありがとうという気持ちになった。


(でも、智充を二度も死なせるなんて)

(全部自業自得でしょ)

(だけど俺は、俺だけ助かって)

(貴方のお父さんが貴方を救ったのに、その命を無駄にするの)

(え?)

(貴方が受ける筈だった傷は、殆どを貴方のお父さんが肩代わりしたのよ)

(そんな)


 俺が死ななかったのは、師匠から貰った呪符のお陰だと思っていた。親父が俺の傷の肩代わり?


(貴方が貰った呪符は、そういうモノだったのよ、貴方のお父さんが子供を想う力を込めた呪符)


 智充の肝試しに引きずられて行ったあの病院で、智充はふざけてカルテに名前を書いた。恐らく、というか絶対、そのせいであの看護師の霊の標的になったのだ。一緒にいた俺も、視えている事に気付かれて狙われた。俺は必死に智充の手を引いて逃げながら師匠に助けを求めたけれど、間に合わなかった。

 師匠が来た時には、智充は俺の腕の中で事切れていたし、俺もかなりのダメージを受けていた。珍しく焦った様子の師匠に怒鳴られ、病院から連れ出された時には俺も意識を失っていた。

 次に気付いた時には現在も稼働している普通の病院の一室で点滴を受けていて、迎えに来た親父と家に帰った。智充の母親から罵倒され、父親からも睨まれ、そんな俺の背中を一度叩いた親父は、次の日布団の中で冷たくなっていた。


 俺も死のうかと思って、台所に包丁を取りに行こうとした時にかかってきた智充からの電話。

 智充は死んだ事を忘れているみたいで、死んでいるのだから視える筈の霊たちの事も視えない事にしているみたいで、お前がそれを望むなら俺は出来る限り付き合おうと決めて、今まで暮らしてきたのだ。

 でも相変わらず俺は視えるだけで何も変わらなくて、だからあの病院にだけは行くなと言ったのに。


(智充には成仏してほしいんだ、満足すれば成仏してくれると思ってたのに)

(自分が彷徨う事になってもいいの)

(いい、俺は智充があいつに喰われるのだけは嫌だ)

(そう)


 身体が動くようになった俺は、バイクを飛ばして病院へと急いだ。間に合ってくれと、それだけを願いながら。

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