第17話 お化け屋敷

「お待たせいたしました。どうぞお入りください」


 お化け屋敷に入る前からかなり疲弊していたけれど、そう声を掛けられてすみません帰りますとは流石に言えなかった。

 この家には昔、夫婦と娘が住んでいた。妻に憑いていた水子の霊が娘に与えられた人形に宿り、一家を惨殺した。それからもずっと、その人形はこの家に留まり続けている。といった設定があるらしい。リビングのテレビで、その内容をドキュメンタリー風にした映像を見せられる。

 なるほど、だから玄関先に人形が置いてあったのだな、と納得しつつ、もしや本当に水子の霊が宿っているのではないかと一抹の不安を覚えた。

 案内してくれたスタッフはこの家を売りたい不動産屋の社員という設定らしく、リビングの内装について懇切丁寧にプレゼンしてくれた。家の間取り図や値段、立地について書かれた紙もくれる。この辺りの一軒家の値段としては破格の金額が書かれている。


「すごい凝ってるな〜」

「帰りたい……」

「帰るだなんて言わずに、各部屋もご覧になっていってください! 高名な霊媒師の方にお清めまでしてもらっていますから、もうこの家に危険は」


 ギシ、と天井が軋む音がして、俺は音のした方を見た。

 二階に誰かいるのだろうか。顔を正面に戻すと、顔色の良くないスタッフと目が合った。スタッフはどこか上擦った声で調度品とキャストには手を触れない事を説明し、ごゆっくりどうぞと言って玄関から出て行った。

 俺は立ち上がり、間取りの書かれた紙を持って二階への階段の方へ向かった。

 そういえばこのお化け屋敷の終了条件はなんなのだろう。通常のお化け屋敷と違ってゴールがある訳ではない。かといって時間制限があっても人によっては怖い体験をせずに終わってしまう事もあるのではないか?

 何をどうしたら終わるのか分からぬまま、俺は階段の下から二階を見上げた。


「うわ!」


 珍しく智充さとるが声を上げる。二階から先ほど玄関先にいた人形を4倍くらい凶悪にした少女がこちらを見ていた。智充が驚いたという事は、あれは生身の人間だという事だ。それだけで心が軽くなる。なんだ、お化け屋敷、余裕じゃあないか。


「なんだ、絵かぁ〜ビビった〜」

「え?」


 智充を見ると、階段横の壁に掛かった肖像画を見ていた。肖像画には仕掛けがあるらしく、見る角度によっておどろおどろしい婦人が飛び出してくるように見えた。

 智充はその絵に声を上げたのか?

 階段の上の少女ではなく?

 少女は腕を曲げてはいけない方向に曲げ、足も可笑しな方向に曲げ、蜘蛛を彷彿とさせる体勢で階段を降りようとしていた。髪の毛はところどころ禿げて頭皮や頭蓋骨が露出し、片目は神経のようなもので垂れ下がっている。もう片方の目があった筈の穴からは蛆が湧き、口からぼどぼどと血液だかなんだか分からぬ液体を溢れさせていた。


「智充、あれ見えるか」

「え? 何が見えるって?」

「あああああああああああああああ」


 俺は智充の手を掴んで玄関から飛び出した。並んでいた客もスタッフも何事かと俺を見る。俺は勢い良く玄関の扉を閉めて、先ほど青い顔をしたスタッフに叫んだ。


「本物のいるお化け屋敷は反則だろうが!!!!!」

「はい?」

「に、に、二階に!」


 スタッフは私を他の客から少し離れたところまで誘導して小さな声で言った。


「人形役のキャストが喜びます、そんなに怖がってくださったなんて」

「ち!が!う!」

「今後ともよろしくお願いいたしますね〜」


 満面の笑顔で手を振られ、俺は色々な事を諦めた。

 お化け屋敷の二階の窓から、少女が覗いていたような気が、した。

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