第16話 お化け屋敷の待機列

 季節外れのお化け屋敷が隣駅の住宅街にオープンするらしい。

 まあ最近の風潮からすると、別段お化け屋敷を楽しむのは夏に限った事ではないようだから、いつオープンしようが客入りにはさして影響しないのだろう。

 郵便受けに届いていた俺宛ての封筒を開けると、件のお化け屋敷からだった。

 ”プレオープン招待券”と書かれたチケットが入っており、同封されていたプリントには『この度はご応募ありがとうございました。厳正なる抽選の結果、プレオープン参加者に当選いたしました』という文字が並んでいた。

 当然のように応募した記憶はない。犯人は分かりきっていた。


『もしもーし、お化け屋敷当たった?』

「やっぱりお前か……」

大樹たいきの名前の方が当たるかなと思って』

「ふざけんなよ」

『行こうよ〜っていうか俺入りたいからチケット持ってきて〜』

「チケット持って行くだけならいい」

『そんな訳なくない?』

「だから嫌なんだよ!」

『じゃあ待ってるね〜』


 俺は舌打ちをしてチケットを引っ掴み、家を出た。電車に乗り、隣駅へ。お化け屋敷はそうと言われなくては分からないくらい住宅街に溶け込んでいた。けれど確かにそこはお化け屋敷だったし、同じようにプレオープンに当選したらしい人が数人、玄関先に置かれた椅子に座って順番を待っていた。

 プレオープン中、と書かれた立て看板の前に、智充さとるは立っていた。智充は俺を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。


「いえーい、楽しみだね」

「帰る」

「帰さない!」


 智充の手がしっかりと俺の腕を掴み、俺はしぶしぶ待機列に加わった。椅子が一つ空いていたので、遠慮なく座る。智充は横に立っていた。

 俺たちの前にはカップルが二組と、少女が一人。少女が一人でお化け屋敷に入るものなのだろうか。今時の子供は凄いんだな、などと思う。もしくはカップルだと思った男女が実は夫婦で、歳若くして産んだ子供がこの少女なのだろうか。いや、それにしては若すぎる。

 少女は椅子に腰掛け、ぷらぷらと足を交互に揺らしている。薄いブルーのワンピースから伸びる細く白い足は、鮮やかなイエローの靴を履いていた。寒くないのだろうか。ワンピースは半袖で、上には何も羽織っていない。いくら子供とはいえ、もう秋も深まっている。鳥肌も立たせずに座っている少女は気温の事など気にしていないようだった。


「寒くないの?」


 思わず声を掛ける。

 瞬間、少女の首がぐりんっと俺の方を向いた。首だけが。


「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」


 少女の瞳があったであろう場所に眼球はなく、蛆がぼとぼとと膝に落ちた。目からも鼻からも鈍い赤色をした血液が滴り落ち、大きく開いた口から断続的に”ぱ”の音が発せられる。

 俺は叫びながら椅子から転げ落ちた。

 怪訝そうな顔でこちらを見るカップルと、少女と俺を見比べて笑うカップル。

 訳が分からず少女の方を見ると、少女は口を閉じ、ヘーゼルナッツのような瞳で俺を見るただの人形になっていた。目や口からは血のりで悪趣味な装飾が施されているが、蛆はどこにもいない。足も動いていなかった。

 ただの、人形だった。


「帰りたい……」


 それが聞き入れられない願いだとしても、口にせずにはいられなかった。

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