第15話 廃病院

 廃病院の1階を探索しながらとおるが話してくれたところによると、この廃病院には幽霊が一人いるだけの筈なのだそうだ。その幽霊も生者とのチャンネルが上手く合っていないらしく、向こうから何かをされるという事もないという。

 だから嫌な気配がする筈もなかったのに、それがどうだ、今や廃病院の中は幽霊で溢れている。

 俺は前を行く透の腕を掴み、情けなく俯いたまま歩いている。廃病院の玄関に足を踏み入れた瞬間に目に飛び込んできた幽霊たちの展覧会に特大の叫び声を上げてから約1時間くらいそうしているだろうか。


「もう帰ろうよ……」

「俺なんも視えてねーんだけどーーー」

「めっちゃくちゃすれ違ってっからな???!」

「でも視えないんだもん……」

「変だなあ、なんでこんなにいるんだろう」

「帰ろうよ……!」

「まあ、こんだけ集結されるとちょっと危ないかもね」

「……うーん……危ないのは危ないもんなあ……帰るか」


 俺の帰ろうっていう声には一回も頷いた事ないのに透が言うと従うの?

 理不尽さを感じながら玄関を目指す。目指すといっても俺は相変わらず腕を握って俯いているだけだったけれど。

 床だけを見つめて歩く。埃だらけのライトグレーのリノリウム床を鳴らしながら。そうしてふと気付く。スリッパを履いた脚が隣を歩いている事に。


「!」

「顔上げんな」

「わ、分かった」

「え、なんかいるの?」

「付いてきてる。でもまだ干渉出来るレベルにはなってない。今の内に病院を出る」


 それから暫く、無言のまま歩き続ける。出入り口はこんなに遠かっただろうか。


「走るよ!」


 その声を聞いて三人揃って走り出す。スリッパの脚が視界から消えて、俺は少し安心した。けれど背後からパタパタパタと駆けてくる音が聞こえて、俺は堪らず顔を上げた。


「ばか! 顔上げるなって言ったろ!」


 目の前には、逆さの顔があった。眼窩は空洞でそこから蛆が沸いている。舌が額の方へ垂れ下がり、ところどころに生えた髪が風に揺れる。首は、後方の足音がする方へ伸びていた。

 俺はまた、全力で頭を下げた。


「あああああああ」


 病院から飛び出し、息を整える。顔を上げてもいいと言われて恐る恐る正面を見ると、楽しそうな智充さとるが目に入って腹が立った。


「あれ、今は病院から出られなくなってるみたいだから、安心して」

「ああ!それは安心ですね!」

「それにしても原因が分からないな。取り込まれたくないから深入りはしないけど。オニーサンたちも気をつけなよ」

「それは俺じゃなくてこいつに言ってくれる??!?」

「言っても無駄っぽいけど」

「よくお分かりで」


 廃病院の窓からは無数のナニカが見えていたけれど、視えなかった事にした。

 そういえば少し前に行った廃ビルも、あんなに沢山の幽霊話があるようなビルではなかったような気がして、透にそれを告げると考え込むように腕組みをして、分からないと首を振った。

 この街周辺に、何かが起こっているのだろうか。

 背筋に冷たいものを感じながら、病院を後にしたのだった。

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