第11話 アパートと少年

 陽平ようへいと呑んだ帰り道での事だった。いつも通る道が水道管だかなんだかの工事で封鎖されていて、初めて通る道を使って帰らなくてはならなかった。

 アパートが立ち並ぶ住宅街。街灯がポツリポツリと、あまり頼りにならない程度の明かりでコンクリートを照らしている。

 初めて通る道だから、なんだか新鮮な気持ちで、普段は周りを見回したりしないのに、ぐるりと視線を彷徨さまよわせてしまった。


「え」


 目の前の、アパートの屋上から、人が落ちた。

 俺が慌ててそのアパートの方へ駆け出そうとした時、不意に声を掛けられた。


「行かない方がいいよ」


 いつの間にか俺の横、一軒家の外壁にもたれかかってこちらを見ていた少年が、そう言ったのだった。ジーンズに紺色のパーカーを着ていて、ストレートの黒く長い前髪が顔に掛かり、その間から俺を見ていた。

 少年は俺と目を合わせた後、アパートの方を見た。


「行ったら巻き込まれる」

「まき、こまれる……」

「一緒に飛び降り、させられたくないでしょ」

「お、おう……」


 あまり視える人と出会ったことがない俺は少しテンションが上がってきたことを自覚する。少年はこの辺に住んでいる子なのだろうか。中学生?いや、高校生?くらいかな。色々と少年のことを聞きたかったが、それはあまりにも不審者だと思い留まった。


「きみも視えるんだな」

「まあね」

「俺、この道初めて通ってさ」

「ふうん。もう通らない方がいいよ。……でもまあ、そんな強い人連れてるなら関係ないか」

「強い人?」

「え、なにそれ無自覚な訳?」

「俺、ただ視ることしか出来ないんだけど」

「そう、まあ、わざわざ近付くことないよ。あいつもう五人くらい殺してるし」

「ひぇ」


 俺はアパートに背中を向けたまま、家へと向かって歩き出す。少年は苦虫を噛み潰したような表情を隠しもせずに俺の手を取って道を歩き出した。


「真っ直ぐ前向いて歩いて」

「は、はい」


 結局、少年は俺を家まで送ってくれた。お前、いい男だな、なんて言ったらまたしても物凄い顔をされてしまった。俺は頭を下げて礼を言い、一緒に自分の名前を名乗った。


近衞透このえとおる。気を付けてね、オニーサン」


 少年はひらひらと手を振って去っていった。家に入り布団に倒れこむ。

 あの人は何度も何度も飛び降りているんだろう。毎日、毎日、何度も、何度も、時に生者を巻き込みながら。巻き込まれた人はどこへ行くのだろう。飛び降りているのは一人だけだった。


“日替わり”


 その単語が脳裏のうりぎって気持ちが悪くなった。

 明日から暫く、日替わり定食は食べられそうになかった。

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