第9話 峠

 峠は山の中腹にあった。秋風が吹き、薄着で来た事を後悔する。

 陽が落ちる前は赤、黄色、緑の葉が鮮やかなグラデーションを作り出し、ガードレールの向こう側に広がっていた。

 峠には休憩所があり、駐車場があった。俺はバイクで来たけれど、数台車が停まっている。休憩所の中に人影が見えるから、きっとその人たちのものだろう。

 曰く付きの峠と知りながら来た物好きたちだろうか。それとも何も知らずに偶然ここへ辿り着いたのだろうか。

 まさか直接聞く訳にもいかないから真相は分からず終いだけれど、前者だとしても笑えない事は分かっている。

 物好き筆頭が目の前ではしゃいでいるからである。


「ここさー、事故が多いらしいよ」

「ふーん」

「駐車場があるのにさ、開けてるのに、ガードレールに突っ込むんだって」


 言われてみれば、一部分のガードレールがやけに新しい。つい最近、ここを突き破って崖下へ落ちていった車がいたのだろう。汚れのほとんど付いていないガードレールが、やけに生々しい。

 崖下を覗き込む気にはならなかった。智充さとるは楽しそうに覗き込んでいたけれど。


「すげーたけー」

「気をつけろよ」

「なんかいねぇの?」

「うーん……」


 沢山の車が飛び込んだらしいそのガードレール周辺には、特に何も視えなかった。静かなものだ。鈴虫なのか、虫の鳴き声が聞こえるだけ。


 それだけ?


 変じゃないか、休憩所から何も聞こえてこない。休憩所から出てくる人間もいない。もう0時を回る。それなのに売店が閉まる気配もしなければ、駐車場に停まっている車の持ち主たちが出発する気配も睡眠をとろうとする気配もない。

 酷く、静かだ。


 駐車場の方をこっそりと伺う。叫びだしそうになるのを堪えた。

 車は一台もなくなっていた。


 視線は自然と休憩所へと向かう。視ない方がいいと分かっているのに。

 見るな、視るな。


 休憩所のガラスにベッタリと、人間が貼り付いていた。

 何人も何人も、ガラスが埋まるくらいに、背の低いものも背の高いものも、人では有り得ない身長をしたものが、目と口を思い切り開いて、俺を見つめていた。

 声はしない、音もない、いつの間にか虫の声も聞こえなくなって、静寂の中、自分の心臓の音だけが聞こえるみたいだった。


 俺は智充の手を掴み、ヘルメットも付けずに峠から逃げ出した。

 コンビニを見つけてそこの駐車場にバイクを停めるまで、無言のまま走り続けた。


 コンビニの店員が“またか”という顔をしたのを、俺は見逃さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます