雪解けてⅢ

 それに気づいた灯真とうまは、雪菜ゆきなの耳元でささやく。

「誰かいるのか?」

「はい、おそらく一人でしょう。こちらの様子を窺っているようですね。私が確認してくるので、そこで待っててください」

 雪菜が足をしのばせて一歩ずつ前に足を出す。扉の前で足を止めると、ドアノブに手を置き、灯真に目で合図を送る。緊張した手が今にも回し開けてしまいそうで武者震むしゃぶるいする。右手の指で三からカウントダウンを始める。二、一と合図を送った後、一気に扉を後ろに引き開いた。

「うわっ!

 すると、一人の男子生徒が扉を開くと同時に前に倒れた。

将気しょうき、やっぱりお前だったか……」

 倒れてゆっくりと体を起こす友人を見て、灯真は呆れていた。

 どうやら、一部始終盗み聞きしていたらしい。

「いやー、すまない。盗み聞きをするつもりはなかったんだが、灯真がいつもより怪しい行動をとっていたから気になってついてきてしまった……」

「あ、そう。それでどこまで話を聞いていた?」

「大体、最初から最後まで……。お前らが同棲どうせいしていて、ええと、雪菜ちゃんだっけ? その人の正体が何かなんだろ?」

「ああ、完全に巻き込んだな……」

 頭を掻きながら灯真は、どう説明すればいいのか考えた。

 灯真の秘密を知っている将気に対して、雪菜の事を話しておいても損はない。他人には話さないだろう。

 それに隠し事はしたくない。

「一応聞いておくんだが、これから話すことは誰にも言わないことを約束するか?」

「話による……」

 将気は、右手に持っていたレジ袋から焼きそばパンを取り出して食べ始める。

「分かった。ここにいる雪菜は俺の親戚じゃない」

「親戚じゃない? それはどういうことだ?」

「だから、それを今から話すんだろ? こいつは人じゃなくて妖、今は人に視えるように実体化しているが、元々は人には視えないだよ。妖での名は『雪女』。嘘だと思うが、これが現実なんだよ」

 雪菜の頭をポンポンと、軽く叩きながら適当に説明をする。

「だとすると、俺が見ている彼女は、実は人ではなく妖怪で、それが昔話にも登場してくる『雪女』。え、はぁ? 灯真、だったら彼女が本当に妖なのか、証拠を見せてくれないか?」

 まだ、灯真の話を完全に信じ切っていない将気は、自分の目で確かめたいと言った。

 確かに言葉だけで人はそう易々と信頼してくれない。

「雪菜、少し力を解除するから将気に力を見せてくれないか?」

「嫌です」

「なんで?」

「そもそもそこにいる人の子は、私の本当の姿を視ることができませんよね。それに灯真様以外の人の子に優しく接する義理はありません。食べてもいいですか?」

 雪菜は将気を睨みつけて言った。その顔は、今にも殺しにかかりそうな表情で異彩を放っていた。

「そんな事を言うな。こいつは俺の友人だ。妖は視えないが、他人にこういう話をする奴じゃない。雪菜も俺以外の人間で一人くらいは相談できる相手がいた方がいいと思うぞ」

「そんなものですかね? ————仕方ないですね。感謝しなさい! 私の主からのお願いだから聞いてやるもの、貴様みたいな下等生物かとうせいぶつに私の力を見せるわけにはいかないが、今回は特別に見せてやろう」

 雪菜は、自分の力を見せるのが嫌で、大きな溜息をつきながらそでをめくった。

「なあ、灯真。この子ってツンデレなのか?」

「ツンデレではないわ! 貴様、私を愚弄ぐろうする気か! 殺すぞ、我……」

「将気、雪菜を相手にからかうのは止めておけ。面倒だから……。雪菜も早くしてくれ」

 灯真は二人の仲裁ちゅうせいに入り、話を先に進めようと急がせる。この先、本当に雪菜がこの高校に馴染むことができるのかが心配になってきた。

「分かりました。それで何を見せればよろしいのでしょうか?」

「じゃあ、そこに雪を降らせてくれ」

 灯真に言われるまま、雪菜は小さく頷き、上空に雪雲を発生させ、西ヶ丘にしがおか高校一帯を春から冬へと逆戻りさせた。

 雪が降る。その異常気象を目のあたりにした生徒たちは驚いて、次から次へとグラウンドに姿を現す。それは春の咲く桜や舞い散る花びらよりも美しくきれいに輝いていた。もしかすると、夕方のニュースのトップニュースになるのかもしれない。

「驚いた。本当に雪を降らせるなんて……。灯真が言っていることは本当らしいな」

「だから言っただろ? 雪菜は妖だって……」

「私は雪を操る妖だ。ここまでの上級の妖はこの地にはそういない。言っておくが、私の主に良からぬことでもするなら私が常に傍にいると思え!」

 手のひらに積もった雪を息で吹いて掃い落す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る