第134話 我が祖よ
アンセムの動きを視認できる。
彼の小柄な身体で長剣を振るうには遠心力が必要らしく、回転切りと言い表せるよう駒の如く体当たりをしてくる。
「クソ人間があああああ!!」
憎しみの籠もった赤く光る目を向けるアンセム。
俺は横へ飛び込み彼の攻撃を回避。
アンセムは俺の居た場所より後ろへ着地し剣が擦れた地面から弧を描くように火花が飛び散る。
「姉さんを……姉さんを良くも!!」
まるでバットを振り回すかのようにめちゃくちゃな軌道で大振りの剣を振り回す。
こんなにも雑な攻撃だったのか。
速度は俺の方が若干速いらしく、コハルの拳より遅い。
剣撃を避け、
「うっ!?」
アンセムの動きが止まり、逃れるように突き刺さったスタッフを掴む。
俺は押しつけ続け、彼に気持ちを抑え込みながら話しかける。
「……君の家族を殺してしまったのはすまないと思っている」
「ク……うぐ……」
「だがな……俺もお前に家族を殺されかけたんだ。そんな奴に――」
スタッフを引き抜き、
「容赦はしない!!」
心臓めがけてもう一度スタッフを突き立てようとする。その途端、アンセムの目が更に赤く光った。
「図に乗るな勇者風情がああああああ!!」
スタッフを剣で払いのけ、雑ながら更に動きが加速して振り回してくる。
「最初の勇者に一族を殺され、何とか逃げ延びた我と姉上は慎ましく生きてきたのだ! 静かに生きてきたのだ!」
剣撃を何とかいなし、時間の流れの影響で流血しながらアンセムの赤い閃光が徐々に伸びていく。
「二代目と名乗った勇者は、雌の家畜共を連れ我に仲間になれと命じてきた。拒否すれば騒ぎ立て、家畜を八つ裂きにして追い払った!」
アンセムの剣にスタッフが当たる度、疲労がゆっくりと身体に伝わってくる。
「三代目のガキは、ここにきて脈略もなく暴れ始めた。奇っ怪な道具を使ってきたが返り討ちにしてやった!」
焦点の定まらぬ視線と笑みを浮かべながらアンセムは剣を叩き付けてくる。
「貴様等の前の奴は、ようやく頭を使う奴が来た。定期的に強い血をこちらに送り込むから街に近づくなと交渉してきた。贄の定期的な補給は我も面倒をかけずに済む。だが……」
更にスピードが上がっていく。
宙を舞い、俺よりも遅いはずなのに気迫で押され始める。
「結局、また勇者を寄越してくるとはな!! まんまとハメられた!! 貴様等勇者共は我々を追い詰めていく!! 絶対に許さん!! 逃げても絶対に貴様等の息の根を止めてやる!! どこまでもどこまでもどこまでも!!」
前面に押し出された憎しみの気迫が、アンセムの速度を叩き上げていく。
このままではマズい、消耗が激しくなっていく。
俺は冷静に奴の動きを見極め、隙を見計らいスタッフに
「
スタッフの先に高温で熱されたように黄色く光る斧が装着され、まるでハルバードの様な形状に変わる。
「……!?」
アンセムが目を見開くのも束の間、一瞬の隙を突いた俺は息つく暇も無く熱された刃を少年身体めがけて横なぎに振るう。
輝く先端の斧は綺麗に片腕ごとアンセムの胴体を炎の残影を残して切断する。
ゆっくりと宙を舞うアンセムの身体へ、更に片腕や足、そして首を切断する。
「き、きさまああぁぁ!!」
悔しそうな表情を見せながら身体の破片達は吹っ飛び1本の石柱へと叩き付けられる。
「ウラアアアアアア!!」
俺はハルバードを槍投げの様に飛ばし、アンセムの身体を石柱へ突き立て串刺しにする。そして、ついにタイムリミットが来たようだった。
「ガハッ!!」
息苦しくなり俺は吐血する。
どんどん心臓の鼓動が大きく聞こえ、膝が震えだした。
「……クフ、フハハハハハ!!」
アンセムの頭が俺を見て笑い出す。
「どうした! 我はまだ死んでいないぞ勇者!」
「ゴホッ……ゲホッ……」
「ここまでよく我を追い詰めた。だが所詮は人間の器! 我の領域にくるにはやはり何らかの代償があるということか?」
「……」
「我はまだ死んでいない! 貴様がこちらに来る前に全力で身体を回復させれば我の勝ちだ!」
「いや……お前との遊びは……終わりだ」
俺は胸に手を当て
「な、何をする気だ! まだ策があるのか」
「いや、もうない。これ以上
「貴様舐めているのか! 我にトドメも刺さずに――」
「とどめなら、もう刺さってるんだよ」
その時、アンセムが刺さった石柱の天井にひび割れ大きな穴が開く、上から強い光が漏れ、神々しく彼を照らした。
「ぎゃあああああ!? あ、熱い! 熱いいいいいぃぃぃ!!」
照らされたアンセムの複数の身体から黒い煙がゆっくりと立ち上り絶叫する。
焼けては再生するが追いついていない彼の様子を確認し俺は魔法を構えた。
「その柱に括り付ければ俺の勝ちだったんだよ。じゃあなアンセム。ゆっくりと自分の死を感じながら消えろ」
俺の中にある憎しみを吐き捨て魔法を展開する。
「
視界がゆっくりと動き、そして加速する。風圧のように重力が俺の身体にかかりよろめくが、まだ問題ない。
もとの時間の流れに戻った俺の後ろでソマリの声が聞こえた。
『偉大なる祖よ! 邪悪を打ち払う裁きの鉄槌を与えんことよ!』
声が響いた瞬間、割れた天井から光り輝く球が落下しアンセムに凄まじい勢いで被弾し爆発した。
断末魔を上げることなくアンセムは光に飲まれ天へと残骸消滅していった。
「勝った……」
誘導する作戦は成功した。
岩柱ごと彼の存在は消え去り、俺が勝利を確認した時だった。
「勝った……じゃ、ないのですよ!」
「……え?」
「もう、今まで何で呼んでくれなかったのですか!」
光の爆心地には、アンセムの代わりに光り輝く大きなハンマーを持つ羽の生えた女の子が立っていた。それは15年前に見覚えがある天使の少女。
「あ……え……き、君は……」
いきなりの出来事に俺の頭は追いつかないがそれでもその天使の名前は絞り出た。
「え……サ……サナエル!?」
「そうですよ! イットが全然信仰心を見せないから、ずっと話せなかったのですよ! そこの神官の子が呼んでくれたから、こうしてよ――やく会えたんですよ!」
「い、いや……いきなり現れたと思ったら、な、何言ってんだ?」
「とりあえず、細かい話は後なのです」
そう言うと、サナエルは俺では無く唖然としてへたり込むソマリの側へと歩み寄り、自身の羽毛を一枚差し出した。
『我が子等よ。汝の言葉天に響き、我に届いた。汝、此処に親愛の証しを掲げる』
「う、うそ……」
よくわからないがソマリが涙を浮かべながら震えた手でサナエルの羽毛に手を伸ばす。
「サナエル様……本物!? ウチ、本当にサナエル様を呼び出したの!?」
「ええ、必死に仲間を助けようとする貴方の声。しかと受け止めましたよ! 貴方の信仰心に敬意を払います。さあ、証しを受け取ってください」
無理矢理ソマリへ手渡しすると、彼女は見たこと無いほど号泣をしながら、
「ありがとおございますうぅ!!」
と、鼻水すら垂らして嬉し涙、いや号泣した。よくわからないが何か良かったのか?
「……ごほっ!?」
俺はむせ返り口を押さえる。
手の平を見ると、とんでも無い量の血を吐いていた。
「そうだった……まずい」
鼻からも血の匂いが吹き出し、目眩がし始める。
そして足からグギッっという何かが折れるよな音と共に視界が沈み地面へと倒れ伏す。
「あ……イ、イット君!?」
「マズいのです! イットは無茶をしてたから……」
視界が霞んでいく中、天井からの光を背景にソマリとサナエルの二人の少女が近づいてくるのが見えた。
視線を何とかズラすと、コハルも膝を突いて腕を押さえている様子が窺えた。
良かった。とりあえず、コハルは生きているみたいだ。頭がこんがらがっていた俺は、とにかくその事実だけわかりホッとしてまた意識を失った。
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