第30話竜王のさだめ

 三人、いや竜王をいれて四人は、地下神殿の奥へとえっちらおっちら歩いて行った。

 薄衣一枚とはいえ、着衣のまま温泉に飛びこむのではなかった……全員が虚脱感を感じているが、そのままでも温熱で服は乾いたからまず問題はない。

 それよりエイルナリアの体の線がなまめかしい。

「プリン、プッリーン!」

 竜王はかわいらしいしぐさと、少々知恵の足らないところが油断を誘うが、彼女はツバサのもとを離れない。

 肩に張りついて言うのだ。

「胸がデカけりゃ、大人だと思っているのか?」

 ツバサに聞こえないほどの低い声でぼそぼそっと。

 横を歩いていると、ツバサ命名プリン(仮)――絶対やめた方がいいとは言われている――が、赤児とは思えない達者な口をきく。

「……」

 エイルナリアは黙々と歩いたが、ひとつ弁明するとしたら、彼女があんな風に無防備な姿になってしまったのは、ここが聖域で、無条件で邪気を祓ってくれる地だからだ。

 なのにプリン(仮)は温泉に――卵ごと――浸かったというのに、毒舌なのだ。

「うっ、ごほん!」

 咳払いをして横目で見たら、プリン(仮)は舌をだして、両目の下に指を当てて粘膜を見せている。

(性格が悪いな)

 ツバサが、違った意味で心配してきた。

「大丈夫ですか? お風邪を召したのですか? それともお疲れに?」

「やさしいな、ツバサは」

「あんなことがあったばかりですから。それに、わたくしたちがこうして無事にこられたのも、みなさんのおかげです」

「礼を言うのはまだ早い」

 ツバサのほわっとした微笑みに、エイルナリアは竜王のことはさておき、神殿の結界サーチを始める。

 卵が、かえってしまったとはいえ、できるだけ早く竜王をしかるべきところへ安置せねば。

「聖なる地だというのに、禍々しい力に満ちているヶ所がある」

「え? どういうことですか?」

「急いでいるとはいえ、放ってはおけない。近づいてみるか」

 ツバサの肩越しに、プリン(仮)がきゅるんとした目で見ている。

「プリン(仮)を連れて行かねばならない場所ですから、安全は確保すべきですね」

「ああ」

「デカ乳」

 エイルナリアは、目をつぶって心を落ち着けた。

「プリン(仮)? さきほどからなにか失礼なことを言ってませんか? エイルナリアさんも様子が変ですよ。大丈夫ですか?」

 エイルナリアは、首を振った。

 そう、こんなことは、生前の彼女には珍しくなかった。

 彼女は、貧しい生まれだったが、その美貌ゆえに、様々な苦難に遭ってきた。

 親に売られたり、変態貴族のおもちゃにされたり。

 彼女を守ってくれるものなどなかった。

 だから、エイルナリアは、自分で強くなるしかなかったのだ。

 ただ、同じ女子から絡まれるとは思いもしなかったが。

「フィリフィリ、案内をしておくれ」

 ぽうっと、浮かび上がった、まあるい毛玉のフィリフィリと呼ばれた守り人が先に立つ。

 フィリフィリは、あたりを明るく照らしながら、奥の間へと彼らを導いた。

「え」

 エイルナリアたちは、戸惑った。

 そこは、地下神殿の要、数々の神像が祀られた最奥の間だったからだ。

「これ以上、すすめるヶ所はないように思えるのですが……」

「一本道だったしなあ」

 ツバサの意見に、ロージリールが同意した。

「隠し通路などは……ない、か」

 突如、フィリフィリが飛び跳ね、一番奥の神像に体当たりをした。

 ぽよぽよん、と何度も、エイルナリアにまだ道はあるのだと教えるように。

「よし、この神像を押してみよう。動かせるかもしれない」

 しかし、重たい神像は動かなかった。

 息を切らせて、屈みこむと、神像の台座に小さなくぼみがあるのを発見した。

「フィリフィリ、これか?」

「どれどれ?」

 ロージリールがくぼみに指を差し入れた。

「!」

「どうした!?」

「うっ、指が……抜けねえ!」

「なんですって! 抜けないのですか?」

「なんだと! 引っ張るぞ。せーの」

 すっぽーん!

 ロージリールの指はあっさり抜けて、後ろへひっくり返ったエイルナリアとツバサに、ロージリールはすまなそうに言った。

「悪い、冗談だ」

 あっけにとられる二人に、ロージリールは言い訳じみてブツブツ言った。

「普通は、こんなもんにあっさり指なんてツッコまないんだよなあ。罠に決まってるし」

「率先してツッコんでおいて!」

「そうです、悪ふざけをしないでください!」

 そして、極度の緊張感から解放された二人は笑みをこぼした。

「ふふっ、でもあんまり驚いたから、肩の力が抜けちゃいました」

「そうだな」

(そうだろ?)

 こっそり、得意になるロージリールだった。


「で、俺様たちとしては、どっちへ行けばいいんだ?」

 あれから、大真面目に調べた結果、神像のくぼみは二つあって、同時に指を差し入れると、どこへつながっているのかわからない地下への通路が、左右に二つ現れたのだ。

「フィリフィリ、どちらだ?」

 守り人はわからない、というように左右に飛び跳ねて、姿を消してしまった。

「やはりだめか。では二手に別れよう。まずは――ツバサと私で……」

「きゃーっか! あの竜王がくっついてるだろ。やりにくいから、俺様とあんたで行こう」

「そ、そうか? いや、やはり神力が必要になるかもしれないから私はツバサと行くぞ」

「そばに竜王がいるんだから、大概のことは平気だろ。さ、いこーぜ」

 納得いかなそうにしているが、結局エイルナリア&ロージリールと、ツバサ&プリン(仮)で神像の下通路を調べることにした。

 エイルナリアとロージリールチームは、すぐにも行き止まりに突き当たった。

 調べたところ、鞘のない剣が発見された。

 しかたなく、剣を持って入り口まで戻り、ツバサたちを追いかけることにした。

 ツバサは、唖然としていた。

 なぜだか、肩が重い、と思っていたら、プリン(仮)が大型肉食獣の子供並みに大きくなっていて、だらん、と全身全霊で体重を預けてくる。

 通路を進めば進むほど、周囲の空気も悪くなっていく。

「こちらはハズレでしょうか……」

 呟くと、プリン(仮)がぶるんぶるんと首を振る。

「そうですか? なら、もうちょっと進んでみましょう」

 ツバサは、微笑んでプリン(仮)の背をぽんぽんと叩いた。

「それにしても豪華な通路ですね。絵が描いてありますよ」

 すると、竜王はきゅっと身を縮めた。

「なんでしょう。これは……プリン(仮)にそっくりだ!」

 奥へ進むほどに絵画は物語風に続いていく。

「黄金の卵、台座があって……卵から、銀髪蒼い目の少女が生まれて……」

 じめっ。

 なんだが背中が生あったかくなったのでツバサは言葉を止めた。

「どうしたんですか?」

「……ッスン」

(泣いているのか……)

「少し、休みましょうか」

 ぶるんぶるん、ツバサの肩にしがみついたまま、抵抗を示す竜王。

(しょうがないですね)

 ゆっくりと、絵画の意味を吟味しながらツバサは進む。

(ん? 卵は台座に置かれる前に、黄金の竜に運ばれるんですね。それから……やっぱりだ!)

 すっと、かがめられた体から滑り落ちるように床に降り立つと、プリン(仮)はしくしくと泣き始めた。

 しかたがなかった。

 ツバサにも、わかってしまった。

 竜王のさだめが、なんであるのかを。

 ツバサはプリン(仮)を抱き上げると、地底から現れた台座に座らせた。

 そこは竜王の卵を安置する場所だった。

「ここで、ボクは竜王として、勇者に試練を与えるのが役目だプリン……ッ」

 行きどまりの壁には、竜王が勇者になにか指し示す絵が描かれていた。

 竜王は語り始めた。

「竜王は代々、勇者に道を切りひらく力を与えた後、代替わりする……その死をもって、正義の道を示すんだプリンッ」

「死を……もって? そんな、それじゃ……」

 ツバサは衝撃に口元を手で覆った。

「ボクは、竜王の子孫だプリンッ。運命は、避けられないプリンッ。けれど、もし勇者と出あわなければ、ボクのさだめはかわるんだプリンッ。今、ボクの代わりに竜王をしているのは、乳母のクラミスなんだプリンッ。ボクを、助けようとして……」

「そうだったのですか……」

「でも、クラミスが、竜王として勇者に倒されたら、次は、ボクが、竜王になる番だプリンッ。だから、クラミスは、どんなことがあっても負けない竜王になる。それが、クラミスが最後に言い置いていった言葉なんだプリンッ。お願いだから、ボクに、クラミスを救わせて欲しいプリンッ。ボクを、安置したうえで、ボクに新しい名前を……つけて欲しいんだプリンッ」

(それが、竜王のさだめ……)

 足音が近づいてきた。

「あー、そーかよ。んだよ、さだめってそういうことかよ」

 ロージリール、そして背後に続いているのは、長剣を持ったエイルナリアだった。

「あのさあ、馬鹿じゃねえ? 戦いたくない竜王なら、竜王の名を捨てればいいじゃねえか。代替わりなんてしねえで、楽隠居して長生きすればいいじゃないかよ」

「! おまえにはわからないプリンッ」

「ああ! わからないね。一度も戦わないで王を名乗るなんて、恥ずかしいことだと思うぜ」

 プリン(仮)が息をのんだのがわかった。

「でもな、戦わないで済む方法を、おまえは勇者に教えればいいんじゃねえの? 死んでもいないくせにこっちへくんなって、一言、言ってやりゃあいいんじゃねえの?」

「ま、それで解決するなら面倒はないのだがな」

 横から、エイルナリアも口出ししてくる。

「戦いばかりが能ではないでしょう。当代竜王」

 サファイア色の瞳がさまようと、ツバサの笑顔につきあたった。

(うん……わたくしもそう思います)

 言外に言って、ツバサはプリン(仮)に向き直った。

「あなたは、史上初のチビの竜王さま。……チビのリュークス、でどうですか? リューって呼びたい、あなたのことを」

「チビのリュー」

「そう。ちっちゃい、ちっちゃい、わたくしの竜王」

 ――わたくしの、竜王様……。

 竜王は、クラミスの言葉を思い出した。

「ボクはチビのリュー……竜王リュークス。悪くないプリンッ」

 プリン(仮)改めチビのリュークスは、ツバサに触れた。

 大事なものに触れるようにそっとそっと、でも我慢できなくなって、生まれたてのときと同じようにその肩にしがみついて泣いたのだった。

 ありがとう、とその唇が動いた。


 地下神殿内は神力に満ちていて、魔法を使うのにおあつらえむきだった。

 エイルナリアは言う。

「本来、時空を超えるというのは、人であれ物であれ、一度きりが原則だ」

 ツバサは、震えながらうなづいた。

「それを自在に行えるというのは、やはりあなたはすごい神……」

 すっと右手で制して、エイルナリアはひとつの懸念を口にする。

「いや、私は、ひとつ上天意様にコツを教えられたきりだ。対象にかかる負荷を減らすために原則一回ということにはなっているが……ツバサもロージリールもすでに一回時空を超えている。のんびりとした旅路にはならないと思うが……」

 ツバサは、スッとその場にひざまづいた。

「お願いします!」

「それでも行くのか……もといた時代へ」

「わたくしは、兄に会わなくては……どうぞ、おねがいです!」

 弱弱しく、けれど確固として言いつのるツバサ。

「ふーむ」

 ロージリールが、お気楽な姿勢でサバサバと言う。

「俺様は、チビのリューをクラミスってやつに逢わせてやんねーとな。どうもスッキリしねえ」

 エイルナリアは、この二人の命を握った。

「順序を変えよう」

 声音を低くし呟いて、聖水の瓶を確かめる手を止めてエイルナリアはツバサを見た。

「えっ?」

「まず現在の竜王クラミスにチビのリューを逢わせ、何とか説得して未来へ行かせないようにする。そうすればツバサたちの世界に竜王は現れまい。未来へ還るのはそれからでも遅くはないと思う。それにチビのリューはツバサにしかなつかないだろう」

「うんまあ、それはそうだけどよ」

「し、しかしそれでは歴史そのものが変わってしまう」

「変わるだろう。だが、それで万事解決するはずだ」

 もう、何度目かの地鳴りがした。

 ロージリールが、反駁はんばくした。

「大事な事を忘れてるぜ。現在竜王が暴れてるのはなぜだ? 未来へまで時空を超えたのは? みんな精霊界へ来た人間どもが暴れてるからのはずだぜ。それでもチビのリューをクラミスってやつに逢わせて万々歳って言えるのかよ?」

「クラミスはもう、次元を超えて未来に行ってしまったプリンッ。ボクが生まれられたのもそのおかげだプリンッ」

「ほらみろ。だいたい、御山みやまが崩れたのだってクラミスとやらが次元転移したせいじゃねえのか?」

「うーむ。それはそうだが……は! そうか。そうだった」

 エイルナリアは、鞘のない剣を一振り、持ち出してきた。

「これを人間界にわたったルシフィンダに届けておく。空を裂き大地を割る魔剣……いや聖剣ともいえるだろう。これがあれば、あるいは……」

「そんなことより、協力してくれるのかくれないのか、どっちなんだよ!」

 エイルナリアは、一度口をつぐんで、吐息と一緒に言い放った。

「やむをえない。ただし、先ほども言った通り、おまえたちの身になんらかの負荷がかかり、下手をすると目的地を誤るかもしれない。そこは覚悟しておけ」

「……」

 ツバサは、素早く小声で祈った。

(兄上、ツバサをお守りください)

 と……。

 肩では、チビのリューが、寝息を立て始めていた。

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