第26話竜王クラウン

 崩れた岩山の頂上で、ツバサのみている前だというのに、竜王の卵は無防備にころがっていく。

 ころんころんころん……。

 エイルナリアは、上天意に次元を超えることを許諾してもらおうと、祈りをささげている。

 ロージリールは、岩壁につかまっているので、両手がふさがって祝福の笛を吹くどころでない。

 怪鳥は、不気味な声を出して頭の上から見下ろしている。

 ころんころんころんころん……。

「ああっ、もうだめ!」

 ツバサは構わず手をさしのばした。

 黄金の卵は、しっかりとツバサの腕に抱かれて、そして――宙を飛んだ。

(母上、一目お会いできて幸せでした!)

 ツバサが、悲しい覚悟を決めた時、その腕の中で黄金の卵がきらめいた。

『あきらめてはいけない――んだプリンッ』

(えっ?)

 風を切って、怪鳥が大きな翼で彼らを救ってくれた。

 気がつくと怪鳥の背の上で、ツバサは卵を抱いてぽかんとしていた。

「だ、だれ? わたくしの心に直接語り掛けてくるような、あの……プリンッって?」

『ボクだプリンッ。怪鳥に地上へ降りるように命令するんだプリンッ』

「め、命令って……」

 風に目をつぶると、まばゆい光が見えた。

 おおよそ、あり得ない恰好の赤ん坊が立っていた。

 ちょっと大型の猫ほどの大きさ、目は青いサファイアのようで、きゅるんっとして潤んでいる。

 鼻は低く、縦にスリットが二つ入っている――ように見える。

 青銀色の頭の上に、ぴょんっと乗った大きめの角二本。

 ダークスーツに、紅と銀のダイヤの模様が入った長靴下(オーバーニーソックス)を履いている。

『ツバサ、ボクは竜王クラウンだプリンッ。ツバサの優しさ、心根、しかと受け取ったプリンッ』

「ああっ」

 ツバサが目を開くと、そこには竜王の姿などなくて、光る卵がキラキラと輝くばかりだった。

 その声はなおも、聞こえる。

『さあッ、ツバサ。怪鳥に命令を!』

「で、でもどうやって……言葉も通じないのに」

 卵はピカピカと瞬くように光った。

『通じないと思うのは、ツバサの心が閉じてる証拠だプリンッ。大丈夫、ボクの手下だプリンッ。下手な真似はしないプリンッ』

(そ、そうまで言うなら……信じてみましょう)

「降りてください。地上へ!」

「ハイ、ご母堂」

「えっ」

 ツバサは、聞こえてきた声に首をかしげた。

 確かに、ご母堂と言った。

「わたくしは、母親などでは……ウッ」

 急降下する風を受けて、再び目をつぶると、やはりきゅるんっとした目をぱちくりさせた赤ん坊がこちらを見ているのである。

 一方で、怪鳥の声らしきものも、同時にする。

「精霊界では、竜王の卵を抱いたものを、母、と呼びます……」

『ツバサー、ボクが生まれたら、一番に名前をつけて欲しいんだプリンッ。それでボクはようやく竜王のさだめから逃れられるんだプリンッ』

 赤ん坊は、手足をじたじたさせながら懇願した。

(竜王のさだめ……それは?)

 うつろな目をして竜王クラウンは、首をふるふるとふった。

『言えないんだプリンッ。いまはまだ……ボクはボクの戦いがあるんだプリンッ』

 決然とした言い方に、ツバサは心を痛めた。

(そう……つらいのね。大変なのですか?)

 ツバサは心から案じて、いたわるように尋ねた。

『そうなんだプリンッ。だからツバサに力になってもらいたいんだプリンッ』

 思いもかけない言葉が返ってきた。

 ツバサはそれに、深くうなづく。

(わかりました……竜王クラウン。微力ながらお手伝いしましょう。でも……)

『?』

(約束してください。わたくしの仲間を決して傷つけないと。それだけは……)

『ツバサー! 気にするなだプリンッ。ボクはナニーの言いつけを破ったりはしないんだプリンッ』

(ナニー?)

『ボクにクラウンと名づけた乳母だプリンッ。名はクラミス』

(クラミス――?)

『ボクを、地下神殿に安置して欲しいんだプリンッ。そこでボクは、生まれ直すんだプリンッ』

 ツバサは、目を覆った。

 黄金の卵が、目も開けていられないほど、まばゆく光を放ち始めたからだ。

 ゆっくりと、手足胴体の感覚が戻っていく。

 瞬間、がくんと体が前へ放り出されるような心地がして、ツバサははっとした。

 ぽてぽてっ、と竜王の卵が草の上へと、放り出される。

 ツバサは、慌てて怪鳥の背から飛び降り、下草の上を走ってその無事を確かめた。

 竜王の卵は、奇跡的に無事だった。

「よ、よかった……」

 ほっとしたとたん、頭上から岩が降ってきた。

 どうやら、ぐずぐずとはしていられないようだ。

 ツバサは、息を切らせて駆け続けた。

 左腕には、黄金の卵。

「エイルナリアさん、風精さん! ご無事で――」

 涙ながらに見捨てる形になったが、岩は後から後から降ってくる。

 ツバサの身も危うかった。

 そのとき――、空から風切る音が近づいて、天馬がやってきた。

 ちょうどこの時代の、風精の持ち物だったのだろう。

 ロージリールが、指笛を鳴らしながら、天馬に乗って、舞い降りてきた。

 後ろには、エイルナリアの金髪が見える。

「エイルナリアさん! ロージリールさん!」

 ツバサは、思わず声の限りに手をふった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る