第21話過去の人間界
『あなた、子供たちをお願いね』
彼女のか細い声は、カケルの耳にも届いた。
精霊のほこらに鍵を差し入れた時、彼を引き戻す手があった。
その手は、カケルの襟首をつかみ、しかしほこらの導きにあらがえず、共に時空を超えてしまった。
ここは、アメティスタ宮殿の一室。
大臣、副大臣、将軍が居並ぶ中での出産だった。
気配が希薄になっていく彼女を、つなぎとめるかのようにひしっと手を握ってやる王――フェイルウォンの若かりし日の姿。
「ああ、この子らはカケルとツバサと名づけ、きっと強くたくましく育ててみせる」
柱の影から見守っていたカケルは呆然とした。
カケルと一緒に隠れていた存在も、息をのむ様子。
「ルシフィンダ!」
フェイルウォンの叫びにも似た声に、カケルは自分が過去の人間界に来てしまったことに気がついた。
ところが、部屋の中は突然の騒ぎに陥った。
「なにがあったのですか、父上!」
駆け寄ろうとして、カケルはまた襟首を捕まえられた。
「なにをす……」
ふり返ると、イグニスだった。
「なんで、あんたがここにいるんだ!」
「今、出て行ってはいけません」
イグニスは、早口で言った。
どうして、と聞く間もなく、強引に腕を引かれて、カケルはその場を後にした。
たとえば、どうやってカケルを納得させたらよかったろうか。
「父上、ツバサの鍵を使って精霊のほこらに導かれ、時空を超えて参りました」
とでも、フェイルウォンに伝えればいいのだろうか?
それよりも、たった今父王のもとに生まれたカケルたちはどうなるのだ。
イグニスは、難しい顔をしてカケルの方を見た。
(ぎくっ)
なにを言われるのかと身構えていると、
「いろいろ不案内で困ってるんですけれどね、このお城。どこへいけば隠れられますか」
それなら、自分たちの部屋へいけばちょうど空いているはず……カケルはそう言ってかつての子供部屋へ向かった。
いつもは扉を開けてくれる者がいるのだが、この部屋は誰も使っていないらしく、周囲にも誰もいなかった。
押して入ると、真新しいゆりかごが一つ、風もないのに揺れていた。
カケルが近づくと、ゆりかごの中には封のされていない手紙(スクロール)があった。
読めない。
横から、イグニスが奪って読み始めた。
「我が子へ。生まれてもいないのにこんなことを書き残すのにはわけがあります。あなたが生まれてきたとき、私はこの世界に居ません。(中略)……善なるものの力に呼応する剣をあなたに残します。あなたのお父様にお預けしました。これで彼の力になってあげて」
「略さないでくれよ。なんだ、中略って!」
カケルは、ひっかかりをおぼえて文句を言った。
「いえ……泣かれても困りますしね」
「泣かねえ!」
「どうですかね」
イグニスは、にべもない。
持っていたスクロールをぽんと返す。
「この世界でも、竜王は現れます。必ず。そのために彼女はあなたに剣を託したんです」
「あんた、それを見ればわかるのか?」
「剣をですか? それはまあ。精霊界のものかどうかくらいなら。わかる、とはそういう意味でしょうかね」
カケルは、腰にはいていた剣を鞘から抜いた。
途中からポッキリ折れてしまった、それを……。
「これは……随分と無茶をやりましたね」
刀身をじっと見つめてから、イグニスに問うカケル。
「まったく、竜王に歯が立たなかったんだ。本当に、これが聖剣なのか?」
あごに親指の腹を当てて、イグニスはなにか言いたそうにしている。
「なんでもいいんだ、情報をくれ」
「それはこちらの言い分です。あなた、これをどう、使ったのです」
カケルは、あわてふためいた。
「え? 剣は剣だろ。構えて、斬る。叩く、凪ぐ、突く」
イグニスは、一層難しそうな顔をした。
「なんだ? 違うのか?」
「違います」
イグニスは説明を始めた。
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