第18話再び過去の精霊界

「イグニスは、約束を守ったんだ」

 丘の下で、ツバサと風精は少しだけ距離を詰めた。

「俺様は、花の種を取り戻せたのか、もう死に際だったからな、憶えてないんだ。だけど――」

 十代という年齢で、人間界を去ったロージリールは、風精として精霊界に転生した。

 もしも、彼がもう少し下界に興味を持つのが早かったなら、森の泉に咲き誇る真白な花々の群生を見ることができたかもしれない。

「イグニスがどうしたかまでは、本当に知らないんだ。だが、うっとうしい恨み言はちょくちょく下界から聞こえてきた。俺様を探して――生きていると信じていたのかはわからんが。長く戦場をさまよったそうだ。しばらくして風雷の神として転生してきた」

「かつての臣下が、上司として後から精霊界にやってきたのですね」

「そおお~~なんだよー」

 それで、主従関係を結ぼうとしてもうまくいくはずがなく、新たな世界を築くための、約束の水盤は割れてしまった。

 二人が絆を確かめ合い、未来を誓い合うはずだったその儀式は破たんしたのだ。

「まあ、俺様も悪かったし。あいつも気にしてな! 他の風精とも契約を結ばねえもんだから、お互い中途半端なまんま。修行もすすまないまま。今日まで来ちまった」

 風精の少年は、頭をがりがりかいたり、苦悶するように抱えたり。

「なるほど、それで……」

「?」

「わたくし、思っていたのですけど……イグニス様って、ちょっと人間くさいなって」

「あいつが~~? 下界にいたときから、男か女かわからなかったくらいなんだぜ」

「まあ、ロージリールさんも、ですけど……」

「俺様が!? 俺様は男だろ! どこからどう見ても!」

「瞳と同じ蒼い衣がお似合いです。男装の麗人かと……」

 ツバサは、くすりと笑って言った。

「マジ!?」

 きまり悪げに瞳を動かし、頭の衣をとる。

「これ、風精の間で流行りなんだけどな……」

 ツバサはなおも笑いながら言う。

「まあ、オシャレですね。いいですね」

「……そういうことにしておくか」

 ふわっ、と風が風精の前髪をさらい、長めの金髪がさらさらと舞う。

 ロージリールは押さえつけるかのように、いそいで蒼い衣でその髪を巻いた。

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