第5話双子の入れ替わり



 アメティスタ宮殿には、夏用と冬用の炉がそれぞれある。

 冬の間に、埃をかぶった夏用の炉があり、今日はツバサがそれを磨いていた。

 意識は、薄ぼんやりとしている。

 夕べのフェイルウォンの仕打ちが、ひどくツバサをさいなんだ。

 結局、女として生きるというのは、政略結婚を免れないのだろうか。

 この世界では、女性も領地を持つことができたが、フェイルウォンにはアメティスタ宮殿と、その離宮、城下の街以外の領地はない。

 それも、カケルが受け継ぐことになっている。

 自分は、何も持たずに嫁がされようとしている。

「わたくしに、奴隷になれとおっしゃるの? 厳しい財政のために身売りにだされるようだ」

 国の財政を考えれば、仕方のない事ではあった。

 カケルにも、そこのところで悩んでいるのだと、相談した。

「また、季節が一巡りすれば成人だ。俺は、国民に義務があるからこの領地を守ることに異論はない。だが、ツバサが犠牲になるとなると、用心が必要だな。一度逢ってみるか」

 思えば、面識もない相手にいきなり嫁げというのも妙な話だ。

 カケルは、ツバサを伴い、父王フェイルウォンに、さりげなく顔だけでも、一言、言葉を交わすだけでも、と食い下がり、あちらから出向いてもらうことにした。

 ツバサをめとりたいといってきたのは相手方であったから、多少ごねてもかまわない。

 さて、花精の血筋をひいた彼ら二人が、それだけで納得してすますわけがない。

 ツバサは、化粧をやめて王族の印の入ったサーコートの下にチェインメイルと、長チュニックを着て帯剣した。

 逆説的に言って清々しく、色っぽい。

 対して、カケルは眉を整え、化粧をし、ブロンドヘアーの短髪をクレスピンという「頭部をはさむ円形のネット」の宝飾品で飾り立て、プリーツのたくさん入ったスカートの上に、長い袖のカフスをガウンの上から身に着け、幅広のベルトを締めた。

 これで、カケルがツバサの代わりに相手を品定めすることにしたのだった。

 父王フェイルウォンは、カケルにそばかすがなくなったのを不審に思って問いつめた。

 それもそのはず、ツバサは普段日光に当たらない。

 肌はぷりぷりである。

 風精がツバサの油で固めた髪を引っ張って乱そうとした。

 だが、フェイルウォンは二人の入れ替わりを見抜くことはできなかった。

 ツバサは、精一杯愛想を振りまいてごまかした。

「国のためにお会いするのです。これは妹に手入れをしてもらったのです。なにせ、お相手は大国の王です。俺は国民に義務があるので」

 カケルの方は、大国の王に酌をしながら、思った以上の好事家と知り、弱弱しくしなだれかかるようにしてツバサらしく言葉を選んだ。

「厳しい財政のため、身売りに出されたようなものなのです」

 自虐に走るが、相手は調子に乗り、柔肌を楽しもうと肩を引きよせる。

 カケルは内心、いやらしいやつだと思って身を引いた。

 ちらっと横を向いて話を変える。

「そちらのお嬢様はいかなるおかたでしょうか?」

「ああ、娘だ」

 こんなに大きな姫がいるのっ!

「ミミルと申します。ツバサ姫、わたくしと踊りましょう?」

 無邪気に誘うが、まだ十歳前後だ。

 カケルは目で笑みつつ、内心ハラハラしていた。

「さあ、どうしましょう……踊りはとくいではないから」

「そう言って、一度は断るのも姫のたしなみってところね!」

(いや、そうじゃなくて本当にアレなんだけど……ミミルちゃん? ませた口をきくなあ、本物の女の子って……)

 踊ったら踊ったで、ミミルは不思議そうな顔をして掌を見ている。

「ツバサ姫、どうしてそんなにお手てがかたいの? 末のお兄様みたい」

 ぎくっとして、カケルは手を後ろに隠した。

 酔っぱらった縁談相手が、すぐに絡んでくる。

「どこか傷ついたような目をして、泣きたそうにしているな。ま、そんなところも見ものだ。そなたほど美しければ涙すら美しいであろう。そなた兄がいると聞いてはいたが、あちらの騎士姿か。なよなよとしてなんともたよりない後継ぎさまだ。兄弟そろって離宮に住まわせてもかまわないのだぞ」

 その相手の、舌なめずりしそうな雰囲気と言動に、カケルは完全にダメだ、と思った。

 こんな男のそばで、ツバサは幸せになれない。

 やはり断るべきだ、とカケルはツバサに伝えたうえで、元の姿にそれぞれ戻った。

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