第4話ツバサの結婚

 来年、騎士位を得る儀式を控えたカケルが、素っ頓狂な声を出した。

「ツバサが、隣国に嫁ぐ~~?」

「とんでもありませんわ、兄上」

 つんとして、眉をしかめているツバサに、カケルは屈託もなく偉そうに肩をそびやかした。

「なんで、そんな話が来たんだろうなあ?」

「さあ」

 ツバサは内心、己の手のうちにある鍵が欲しいのではないかと考えた。

 生まれたときに、カケルとは違うところがあったのは、その手に握りしめた鍵だけ。

 これは、語っておかねばなるまい。

 ツバサは、男児であった。

 カケルが、先に生まれたので世継ぎと決め、第一王子としたので、第二子として生まれたツバサは、姫王子として育てられた。

 二人は、どこも違わないのに、隔てられて育った。

 ツバサは、姫としての教養を。

 カケルは、第一継承者として武術・馬術を。

 だから、己のおかれた立場が歴然としてわかってしまう。

 ツバサの磨かれた容姿、白い手。

 カケルの焼けた素肌に硬いタコのある手。

 あと数年もすれば、だれでも見分けがついてしまう。

 どんなに、互いが互いを忘れまいとして、あえて似せていても。

 

 だが、そのときのカケルの判断は素早かった。

 ツバサのしなやかで華奢な手をとり、ぐいぐい引っ張った。

「帰ろう。精霊界へ。もと来た道をひたすらに。俺達がもとの俺達に戻れる場所へ」

「兄上!」

 あまりに、いきなりだったので、ツバサは、手袋に隠していた鍵を取り落とした。

 取りに戻るまもなく、二人は風精に見つかり、父王フェイルウォンのもとへ連れ出された。

「なぜ、二人だけで王城を抜け出したりした」

「それは……」

 二人とも、こらえきれず父フェイルウォンの面前で泣き出した。

「なんと。この世に生まれたからには役割があろう、とな。それは人生の悩みだ。哲学だ」

 父王フェイルウォンは、それきりうなってしまった。

 実は、フェイルウォンには弱みがあった。

「あなた、子供たちをお願いね」

 ルシフィンダは、消滅する前に言い残した。

 フェイルウォンは、気配が希薄になっていくルシフィンダから双子を預かり約束した。

「ああ、カケルとツバサと名づけ、きっと強くたくましく育ててみせる」

 フェイルウォンは、精霊界で花精をめとったはいいが、人間界での出産にてその存在の消失に至らしめてしまった。

 精霊界の女子は、子を産むと消滅、もしくは他の世界に転生することになるのだった。

 フェイルウォンがめとり、愛したルシフィンダは修行半ばで精霊界を去ることとなってしまった。

 生まれてきた我が子らは、幸いにも男児で、きっと精霊界で暮らしても支障はなかった。

 ただ、ルシフィンダの係累には悪魔のような目で見られたろう。

 その存在すら、許されないのだと二人が悟れば、生きてきた甲斐もない。

「だからといって、どこへ行く気だったのだ」

 二人は、目を赤くして唱えた。

 精霊界へ、と。

「そんな方法があるものか。そもそもそれを知っていれば世話はない」

「父上は、行きて帰ってきたのではありませんか」

 フェイルウォンは、黙るほかなかった。

 行きて帰りし物語は、まだしまいではないのだ。

「それはな」

 言いさすと、ふと風が吹いてきた。

 重厚なつくりの城である。

 壁に、色さまざまに染めた糸で編んだタペストリーをかけ、隙間風も入らないようにしている。

 果たして、風精のいたずらであった。

『王様は――どちらがどちらかわからない――わかるまい』

 震えて、身を寄せ合っている二人を見れば、さすがに心が痛みもするし、もう部屋へ帰るように言うしかない。

「ツバサ……先方には事情を話してある。またとない縁談だぞ」

 部屋にさがろうとしていた二人は、そろって顔をあげ、顔中口にしたヒナ鳥のようにわめいた。

「「父上の馬鹿!」」

 二人は、傷ついたように身をこごらせていた。

「なんだというのだ……」

 その様子を見て動揺し、広間で独り、フェイルウォンはごちた。

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