第3話歳月人を待たず

 その後人間界では十五年の月日が流れた。

 初春の暖かな日。

 小国の群雄割拠する世界に彼らはいた。

 アメティスタ宮殿の中庭で、簡易舞台が開かれている。

 舞台の正面に、まだまだ闊達なフェイルウォンと二人の子供たちと、離宮に住む女性陣が構えている。

 みな観劇している。

『フェイルウォン、おのれ――』

『竜王、貴様の悪行もここまでだ!』

 物語も佳境に入って、皆が身を乗り出したそのとき、腹の音を立てるものがあった。

 珍妙な空気が流れる。

 舞台は、そのまま続行し、次の幕では、竜王は次元の彼方にふっとばされていた。

 フェイルウォンは、色とりどりの具のはさんであるパニーニをバスケットごと、すっと差し出す。

「ありがとうございます! 父上」

 ぱっ、ととり出して頬を喜色に染める少年。

 変声期はまだだろうか。

 澄んだ声をしている。

「少しは遠慮なさいませ、兄上」

 よく似た顔立ちの少女が、いちいち高い声をだす。

 小声にしても、周囲に丸聞こえだ。

「父上がよいと言われたのだ。ツバサに、とがめだてられるいわれなどない」

「カケル兄上、何をおっしゃいます。そのパニーニはわたくしがこしらえましたのよ!?」

「……そんなら、なおさら食べたい!」

「ならば一生、カケル兄上にはパニーニは焼きません」

 これには、兄はそっとバスケットにパニーニを戻す。

 なにか、ツバサにはかなわぬところのあるカケルだった。

 カケルの腹は、二度鳴った。

 舞台が終わった頃、フェイルウォンのもとに、風精から便りがきた。

 風精は、なにやらツバサを難じるような目つきで見ている。

 ツバサは、ドレスの腰に下げた鍵をそっと後ろへ隠した。風精は、宙を舞い、その手をつつき、彼女のスカートをひらめかせ、隠しても無駄だというように、無言のうちに責め立てた。

「父上、風精がいじめます。助けてくださいませ」

「そのくらいにしておいてやってくれ」

 フェイルウォンは、鷹揚に笑った。

 風精は、ぷうっと顔を膨らませ、やんちゃそうなくりくりした瞳でぎっとにらんだ。

 ツバサは、きまり悪げに顔をこすってべそをかいた。

 右手には、真鍮の鍵を握ったまま。

 フェイルウォンは、風精の声に楽しそうに応じた。

「うむ。おもしろそうだ。みな、聞いてくれ」


 話は、十五年前の頃にさかのぼる――。

 勇者と花精の間に生まれた双子は、精霊の祝福を受けていた。

 花の精、ルシフィンダの祈りは心底報われて、しかも彼女は彼の子を二人産んだ。

 双子だった。

 精霊界の者でありながら、子を産んだ彼女は消滅する際、人間界へ転生するかどうかの選択肢が与えられた。

 彼女は、生前地上に愛しい人をおいてみまかった身であったので、未練はあっても生まれ直すつもりがなかなか起こらなかった。

 ただ、次元を異にする世界から、生き、老いさらばえていく彼らを見守って、せつなく身を焦がすのも疲れた。

 ましてや、別の男の子を産んだ彼女には、もうすでに思い残すことがなかったのだ。

 あとから、元カレが精霊界に転生してきたら、目もあてられない。

 ルシフィンダが産んだ双子は、ツバサとカケルと名づけられた。

 

「ということでな。衣装を替えてくるのだ。ツバサ、カケル」

 フェイルウォンは、そっと耳打ち。

 うなずく二人。

「どちらが王子か、見抜けた者には褒美をとらそう」

 女性陣が、キャッキャとはしゃいだ声をあげる。

 しかし、頭から小麦粉を被った、王子と王女とを見分けることのできる者などいはしない。

「……とんとわかりませんわね」

 あてられるものは、風精だけだった。

 右手に真鍮の鍵を握る、真っ白オバケをツバサであると言い立てた。

「おまえはツバサか?」

「はい、父上」

 真っ白オバケの片方が、答えた。

「風精は王子でなく、王女を当てたぞ」

 フェイルウォンが言うと、どっと笑いが起きた。

「物をよく見ている風精だ。褒美をやろう。なにがいい」

 風精は、プイッと横を向いて不機嫌そうだったが、やがてツバサのもつ鍵を欲しいと言い出した。

 フェイルウォンはあわて、自分のものならまだしも、王女が手に握って産まれてきたものを、今さらそこらの風精にやるとも言えず、思案した。

 そうして、答える代わりに疑問をそっと投げた。

「どうして、この鍵のことを知っていたのだ、風精よ」

 プイプイッと、首を横に振る風精。

 まず、人の話を聞かない。

 言うことを、きかない。

 それが、風精のならいだとしても、人間であるフェイルウォンには、いささか理解に苦しむ存在だった。

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