第163話 魔王の野望

「えっ!?」


 優志と六人の勇者たちは我が目を疑う。

 魔王シンの背後にあった大きな鏡――それがまるで水面のような動きをし始めて、徐々にある風景を映し出した。


「これは……俺が勤めていた会社前の大通り?」


 見慣れた光景が現れたことで、優志は驚愕する。さらに映像が切り替わると、


「! お、俺の通っていた学校だ!」


 最初は上谷が反応し、映像が変わるたびに勇者たちは自分の学校だったり家だったりと、自分と関わりの深い場所が映し出され声をあげる。


「一体なんのつもりだよ!」


 怒鳴ったのは橘だった。

 いつも冷静な彼らしくない反応だが、それも無理はないと優志は思っていた。しかし、怒りに任せていては向こうの思うツボだ。このような映像を流した意図は複数あるのだろうが、その中には間違いなく動揺を誘うということも含まれているだろう。


「落ち着くんだ、橘くん。こういう時こそ、冷静にならないと」

「は、はい……」


 他の五人も、優志の言葉を受けて気持ちを切り替えた。

 一方、魔王シンはニヤニヤと優志たちのリアクションを観察している。彼にとってこれはただの遊びだったのか、それとも裏に何か他の狙いがあるのだろうか。

 優志は慎重に相手の出方を窺おうとするが、再び鏡に大きな動きがあったためそちらに意識が向けられる。


 今度は特に何か映像が浮かび上がるわけではない。

 ただ、怪しい紫色の輝きを放つだけだ。


「からかうのはここまでにして、そろそろ始めようか。――最終決戦というヤツだ」


 言い終えると、それまで典型的な日本人おっさんという外見をしていた魔王シンの体に異変が起き始めた。肌の色が青に変化し、瞳は赤く、額からは大きな一本角が天を貫くように伸びる。その姿は紛れもなく――魔人であった。


「ま、魔人化!?」

「そうだ。……う~ん、いい気分だ」


 全身から溢れてくる力に酔いしれるかのように天井を仰ぐ。

 優志たちは肌が粟立つのを感じた。

 言い知れぬ恐怖――目の前の敵がこれからどのような手段に打って出るのか、まったく想像できないということもあるのだろうが、明らかにこれまで戦ってきた者たちとは別格の強さを秘めている。それだけは、なぜか断言できた。


「この力があれば……あちらの世界へ行っても十分に通用するな」

「あちらの世界――っ!?」


 魔人化した魔王シンに気を取られていた優志が、再び鏡へと視線を移す。


「まさか……あれは――」

「おや、意外と勘が鋭いね」


 魔王シンは優志の動きを察知すると、青い腕を「ブン!」と横へ鋭く振り抜いた。その動きに呼応して発生する突風。猛烈な風圧は、優志と六人の勇者たちをあっという間に吹き飛ばしてしまった。


「うわあああああああああああ!!!」


 突風によって窓から外へ投げ出された優志は、そのまま落下していく。運ばれた先は城の上層部だったようで、地面までにはかなりの距離がある。


 このままでは確実に――死ぬ。


 絶望した直後、全身に浮遊感が生まれた。


「え? え?」


 一体何が起きたのか、正確に事態を把握できていない優志であったが、勇者の中でも特に魔力が強く、魔法のスペシャリストである上谷の力によって宙に浮いているということを近くにいた武内から教えてもらう。


「か、上谷くん!」

「だ、大丈夫……もうちょっとで――」


 自分も含め、合計七人を魔力で作ったフィールドに浮かせながらゆっくりと魔王城敷地内の荒れ地へ降下していく。


「た、助かったぜ、上谷」

「カミヤン、マジ感謝」

「ありがとう、上谷くん」


 武内、安積、三上がお礼を述べる。だが、


「みんな! 上から来るよ!」


 美弦の叫びが轟くと、全員がその場を飛び退いてよける。すると、真上から魔王シンが降りてくる。その背中には黒い大きな翼が生えていた。


「魔人とは本当に便利な存在だね。自分が望む者を簡単に手に入れられる。エルズベリー家の当主が欲しがる理由が分かるよ」

「! エルズベリー家の当主を魔人に変えたのはあんただったのか!」


 優志は叫ぶが、魔王シンは「それがどうした?」といわんばかりの表情で優志を見つめていた。


「魔人となって永遠の命を手に入れたいというのは彼の望みでもあったのさ。もっとも、特定の条件を満たさない限り、凶暴性が先行してまともな理性を失う――という説明は、うっかり忘れてしまっていたけどね」


 まったく悪びれる様子のない魔王シンはさらに続ける。


「だけど、こうも簡単に魔人となれるアイテムを開発できたのはひとえに冒険者時代の功績と言っていいね。さまざまな魔鉱石をゲットしているうちに、私はとうとうこの魔鉱石へとたどり着いたのだから」

「魔鉱石だって?」


 それは、この世界の生活を支える必需品。

 その魔鉱石が、魔人化に大きく関係をしていると魔王シンは口にした。


「あんたはその魔鉱石で人を魔人化し、この世界を支配するつもりなのか!」

「この世界の支配、か……それもまた一興。だけど、私はもっと上のステージを目指しているんだよ」

「何!?」

 

 魔王シンが語る上のステージ。

 それは――


「私は魔人を引き連れ元の世界に戻り、地球を支配するつもりだ」


 自らの野望を語った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る