第144話 いきなり大ピンチ!

 眩い光に包まれた優志たち。

 その光によって周囲の変化を感じ取ることができないが、やがて足場がしっかりとして浮遊感が薄らいだ時、いよいよ魔界に到達したのだという実感が持てた。

 そして、光が徐々になくなると、魔界がその全容を現した。


「こ、ここが……」


 思わず息を呑む優志。

 魔界――紫色の空に荒れ果てた大地。少し進んだ先に森もあるが、怪しげな感じがして正直近づきたくない。優志の魔界第一印象は「生物の息吹を一切感じさせない不気味な雰囲気が辺り一面に充満している」だった。


「これは想像以上だな」

「ああ……何もしていないのに息苦しさを感じる」


 百戦錬磨であるダズとエミリーでさえ緊張の色が隠しきれない。同じく、戦うことに関してはエキスパートのジョゼフやボロウも、初めての魔界にわずかながらの動揺が見られた。


「ゆ、優志さん……」


 その中でもやはり一番過敏に反応していたのは美弦だった。

 優志以上に戦闘経験がない彼女は酷く怯えており、優志の上着の裾を掴む手の力はだんだんと強まっていく。術者がこれでは召喚獣に影響を及ぼすのでは、と危惧した優志であったが、すでに呼び出している全召喚獣は臨戦態勢に入っているため、問題はなさそうだ。


「ゼイロさんの話では、この後、騎士団がいる駐屯地へ移動するんでしたよね」

「ああ。そこで体勢を整えて魔王のいる城へ向かう手筈になっている」


 ボロウへ今後の動きを確認し終えると、優志は周囲の様子を探るため見回してみる。すでに兵士たちは移動を始めており、優志たちもそれについていくことにした。


「話だと、ここからそう遠くない距離になるってことだけど」

「すぐ目の前だって聞いたが」


 ダズとエミリーが先頭になって進んでいくと――


「おい! あれを見ろ!」

「ど、どうなってんだ!?」

「急げ! すぐに戦闘態勢をとるんだ!」


 さらに先の方にいた兵士たちが叫ぶ。

 その慌てた様子から、何やら非常事態が発生したと察せられる。


「! 戦闘態勢だと?」

「ボロウ殿! どうやら敵襲のようですぞ!」


 いち早く事態を悟ったジョゼフがボロウへと大声で伝える。ボロウも、「戦いになる」ということはすぐにわかったようで、愛用の大剣を構えた後、優志と美弦を自分の背後へ回るよう指示を飛ばした。


「そのようだな。みんな! 回復屋とミツルを守るぞ!」


 魔王討伐の鍵を握る優志と美弦を守るため、ボロウたちが周囲を固めて駐屯地を目指す。だが、敵は思わぬところから姿を現した。


「? なんだ?」


 最初に異変を感じ取ったのはジョゼフだった。

 神経をとがらせて敵の襲撃に備えていたのだが、その時、ふと足元が暗くなったような気がしたのだ。常に薄暗い魔界ではその変化に気づきにくいが、騎士団を退団後は木こりとして日中を森の中ですごしていた彼は、他の者より目が優れていたため変化に気づけたのだ。


「! まさか!」


 異変の正体にある心当たりが浮かんだジョゼフは顔を上げた。紫色の空がどこまでも広がっている――が、そこに五つほどの影が頭上を旋回飛行している。


「みんな! 上だ! 敵は上から来るぞ!」


 ジョゼフの言葉を聞いた全員が空を見上げる。

 そこにいたのは、


「あれは――翼竜?」


 空を飛んでいた影の正体は魔獣であった。

 大きな翼を持ち、蜥蜴のような顔をしているその姿は、幼い頃読んだ恐竜図鑑に載っていたプテラノドンに酷似していた。


「どうやらあいつらが駐屯地を半壊させた犯人のようだな」

「え? 駐屯地が半壊?」

「この先にある駐屯地が炎上しているのよ。たぶん、空を舞うあの魔獣の襲撃を受けたのでしょうね」


 ボロウとグレイスが言う通り、駐屯地は翼竜型魔獣の猛攻撃を受けて半壊していた。そこに留まっていた多くの兵士はその場を放棄し、散り散りとなってしまったようだ。


 駐屯地で装備を整え、前線で魔王軍と戦う勇者たちの援護へ回ろうという当初の計画は魔界到達数分後に呆気なく崩れ去ってしまった。


「こうなっちまったものは仕方がない! あの場へ向かうのは諦めて別の方法を取るしかなさそうだ」

「べ、別の方法って?」

「「正面突破だ!」」

 

 ダズとエミリーは戦う気満々のようだが、それに待ったをかけたのは元騎士団所属のジョゼフであった。


「無茶はダメですよ。ただでさえ魔獣は厄介な存在なのに、相手は上空にいる。こちらの攻撃は当たりにくい上に向こうからは狙い放題。ここは一旦距離を取りましょう――あの森の中へ行けば、狙われにくいはず」


 ジョゼフが森の中へ逃げ込もうと提案する。

 そこも決して安全とは呼べないのだろうが、ここはそうするしかなさそうだった。翼竜型魔獣が地上にいる兵士たちへ総攻撃を開始すると、途端に周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。ゼイロ副騎士団長が必死に兵士を動かそうとするが、突然の事態に対処しきれず、うまくいかない。


 一方、優志たちは指示を待つより自分たちで行動を開始しようと決断し、森へと向かう。その途中で一匹の翼竜型魔獣が美弦目がけて突っ込んできたが、


「ぬあああっ!」

「おおおおっ!」


 ボロウとジョセフの二人が強烈な一撃を食らわせる。結果、翼竜型魔獣は首と胴体が離れ離れとなり、絶命する。


「す、凄い……」

「まぐれだよ」

「ミツル殿に狙いを定めていたおかげで動きの軌道が読みやすかったですからね。ただ、次はこうはいかないでしょう」


 さすがに場数を踏んでいるだけあって二人とも冷静だ。

 その後、森の中へ避難した優志たちは翼竜型魔獣がいなくなるまでそこに待機することにした。

 そんな時、ボロウが何やら唸っているので優志はその理由を尋ねた。


「何かあったのか、ボロウ」

「いや……あまりにタイミングが良すぎると思って」

「自分も同じことを考えていました」


 ボロウとジョゼフは意見が一致していたようだ。


「俺たちが魔界に着いた途端に魔獣どもが襲ってきた」

「まるで、我々が今日この時間にあの場へ召喚されることを事前に知っていたかのように」

「そ、それって……」


 ボロウとジョゼフの言葉に、全員が言葉を失った。

 それはつまり――魔王軍側にこちらの情報が漏れているということだから。

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