第123話 想い人

「参ったな……」


 誰にも気づかれぬよう、優志はため息に混ぜて吐き出した。

 トニアとボロウたちの間で流れている微妙な食い違い――それを解消するだけでもかなり面倒そうなのだが、そこに御三家の一角であるエルズベリー家の当主がやってきたのだ。さらなる混迷が待ち構えているのは火を見るより明らかだった。


「君が噂の回復屋かい?」

「あ、は、はい。宮原優志と申します」


 御三家に名を連ねるエルズベリー家の当主が相手ということで、優志の対応も丁寧さを重視した慎重なものになる。

 それはこれまでの経験から得た行動であった。


「はっはっはっ、そう緊張しないでくれたまえ。――ボロウ」

「はっ!」


 笑顔で優志にリラックスするよう促したエルズベリー家当主のロブだが、ボロウに話しかける時の表情は一変して険しいものであった。

 ボロウも主人であるロブの様子からただ事ではないと察し、顔つきは先ほどまでとは打って変わってキュッと引き締まっていた。


「君とはゆっくりと話をしたいのだが、所用があってね。すまないが、少しだけ待っていてもらえないだろうか」

「え、ええ」

「ありがとう」


 これまたコロッと表情が変わり、にこやかな笑顔を浮かべながらボロウと共に部屋を去っていくロブ。

 部屋には優志とトニアの二人が残された。

 

「…………」

「…………」


 流れる気まずい沈黙。

 ボロウの話していた内容――トニアの想い人について。


 恐らく、トニアに想い人はいるのは間違いない。そして、それは優志にとって近しい人物である可能性が高い。

ボロウやグレイスが勘違いしたのは、恐らく優志がその人物の近くにいたためだろう。そして、イングレール家が優志を一族に取り込もうとしてまだ幼い娘のエイプリルと政略結婚させようとしているという噂を耳にしたエルズベリー家は、トニアが優志に対して想いを抱いていると知り、今回の強引な顔合わせに至ったのだろう。


すでにイングレール家も動き出しており、エイプリルと会せようと優志がよく出入りしている買い取り屋にザラが現れ、交戦状態となったのは想定外だったようだが。


一体誰なんだ――トニア・エルズベリーの想い人とは。



「あ、あの」



 考え込んでいる優志に、トニアが声をかけてきた。


「あ、な、何?」

「よければどうですか?」

 

 トニアが座るイスのすぐ脇にある小さな木製のテーブルには、トニアのものと思われるコップと、それとはまた別のコップにコーヒーが注がれていた。どうやら、トニアが気を利かせて用意したようだ。


「お父様たちはすぐに戻られると思いますので」

「あ、ありがとう、いただくよ」


 せっかく用意してくれたのだし、こんがらがった頭を整理するためにもいただこうと優志はトニアに近づく。と、


「……あれ?」


 トニアに近づき、その顔を改めて眺めると――なんだか見覚えがあるような気がした。


「君……前に会ったことなかったっけ?」


 直接たずねてみると、ピクッとわずかにトニアの手が反応した。


「は、はい。――と言っても、顔を合わせるのは今日が初めてですが」


 やはりそうか。

 優志も、顔は見たことあるが声を聴くのは初めてだと感じていたので、トニアの返答は納得いくものであった。

 あと気になるのは「いつどこで優志を見かけたか」という点。

 それによっては、トニアの想い人を特定できるかもしれない。


「いつどこで会ったかな?」

「あなたが国王陛下の命令で旧ダンスホールをお風呂に改装している際に」

「あの時、か……」


 国王陛下からの命を受け、優志はフォーブの街の職人数人と風呂造りに励んだ。

 あのメンバーの中に、トニアの想い人がいるというのか。


「あの中の誰か……」


 優志がメンバーの顔を思い出していると、


 ガシャン!


 何やら大きな物音が響いてきた。


「な、何?」


 驚いて立ち上がるトニア。

 優志も身構える。

 音のした方向は――ロブとボロウが歩いて行った方向だ。

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