第121話 一方その頃、回復屋では

 ボロウに担がれた状態のままフォーブの街を抜け出した優志。



 それからしばらくした後――回復屋ではリウィルと美弦が優志の帰りが遅いことを心配していた。

 というのも、すでに開店の時間を迎えており、これまで、店が開く時間まで優志が帰ってこないことはなかったからだ。


「街で何かあったのでしょうか」

「優志さんに限ってサボりなんて考えられませんものね」


 真面目な優志の性格を考慮したら、それはあり得ないだろうというのが二人の出した結論であった。

 一応、街へはダズたちが優志を迎えに行っているが、その帰りも遅い。

 それがまた二人の不安を募らせていた。

 と、そこへ、


「大変だ!」


 店にやって来たのはダズと共に優志の捜索に当たっていたエミリーだった。


「ど、どうしたんですか、エミリーさん」


 いつも冷静で知的なイメージのあるエミリーが荒々しく呼吸を乱している姿から、リウィルは只事ではないと察する。――しかし、よくよく考えてみると、エミリーは優志を探しにフォーブの街へと向かったのだ。だとすると、


「ユージさんの身に何かあったんですか!」


 当然、そういう考えに行きつく。


「お、落ち着け、リウィル」


 美弦からストックしてあった回復水をもらったエミリーは、それを一息で飲み干すと街で起きた優志絡みの出来事について語り始めた。


 買い取り屋でイングレール家とエルズベリー家の人間たちによる騒動に巻き込まれた優志であったが、実はその騒動が起きるほんの少し前にダズたちは買い取り屋の近くまで足を運んでいたのだった。


 ボロウが派手に買い取り屋の壁を蹴破り、優志を拉致した直後、グレイスVSザラの戦いが街のど真ん中で繰り広げられたことで、周囲はパニック状態となったが、ダズたち冒険者が懸命に両者を説得したため、被害は最小限に抑えられたらしい。


 ――と、いうことをエミリーはリウィルと美弦に説明した。


「そ、それで、ユージさんはどうしてエルズベリー家とイングレール家の人間に狙われていたんですか?」


 リウィルが気にしている点はそこだった。

 イングレール家とエルズベリー家――元老院を構成する御三家の当主とは、それぞれ面識があった。かつて神官をしていた父が生前に紹介してくれたので、顔を合わせる機会を持つことができたのだ。


 当時の記憶を思い返すリウィル。

 あの時、イングレール家の当主もエルズベリー家の当主も、まだ幼いリウィルに対してとても誠実で親切に接してくれた。

 なので、リウィルの抱く御三家当主のイメージは決して悪いものではない。


 だが、エミリーから得た情報から推理するに、御三家は優志を――厳密に言えば優志の持つスキルを政治的な目的で使おうとしている魂胆が見え隠れしている。

 さらにリウィルを驚かせたのが、


「特にイングレール家はまだ幼い自分の娘をユージ殿の嫁にする算段のようだ」


 イングレール家の娘――エイプリル・イングレールとは面識がある。

 彼女が生まれた時にはすでに神官補佐としての仕事を始めていたので、会ったと言っても公的な場所で形式的な挨拶を交わしたにすぎないが、その時に抱いた印象としては年齢の割に大人びているなぁというものくらいだった。

 

 そのエイプリル・イングレールが優志の結婚相手になるかもしれない。


「ま、まだ優志さんとそのエイプリルさんが結婚するとは限らないですよ! それに、エルズベリー家ってもう一つの御三家が阻止したって話だったじゃないですか!」


 少なからずショックを受けている様子のリウィルを心配した美弦がそうフォローを入れるのだが、


「いや、ユージ殿の回復特化型スキルは唯一無二の超レアモノ……すでに国王陛下でさえ虜にしているその力を手に入れようとしているのならば、手段は選ばないはず。ユージ殿の返事などお構いなしに、自らの家の一員とする手を――それこそ、既成事実とか。それはエルズベリー家も同じだろう。あっちにも年頃の娘がいたはずだからな」

「はうっ!」

「もう! ちょっとは空気を読んでくださいよ、エミリーさん!」

「? あ、ああ、すまない?」


 美弦が腹を立てている理由がいまいちわからず、とりあえず謝ってみたエミリー。

 一方、リウィルの方はどんどん顔色が悪くなっていく。


「優志さん……」


 重苦しい空気を払拭する妙案も浮かばず、感染するように美弦の表情も暗くなっていく。

 回復屋は今、大きなターニングポイントを迎えようとしていた。



  ◇◇◇



「着いたぜ」


 拉致されること三十分。

 王都を抜け出し、店とは反対方向へ走り続けた結果たどり着いたのは、


「ここが……エルズベリー家の屋敷か?」


 鬱蒼とした森の一部に人工的な空間――その空間の真ん中に堂々と佇む館。

 これが、エルズベリー家の屋敷なのか。


「こいつは別宅だ。本宅はまた違う場所にある」


 優志を担いでここまで運んだ張本人であるボロウが言う。


「別宅?」

「そうだ。ここであんたを待つ人がいる」

「まさか……」

「エルズベリー家の御令嬢であるトニア・エルズベリー様だ」


 ここに、優志のもう一人の花嫁候補――トニア・エルズベリーがいるらしい。

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