第89話 討伐完了?

「な、なんだ!?」


 戦線へ復帰したエミリーが目の当たりにしたのは、自分を軽々と吹っ飛ばした魔人が悶え苦しむ光景だった。

 一体何が起きたのか。

 理解が及ぶよりも先に、この状況を生み出したであろう男――優志のもとへと駆け寄って状況の説明を求めた。


「ヤツは何を苦しんでいるんだ!?」

「わ、わからない。俺の回復水を口にした途端、苦しみだしたんだ」

「回復水を?」


 再び魔人へと視線を移すエミリー。

 優志の証言をたしかなものとするかのように、魔人の足元には優志が携帯している回復水の入った水筒が転がっている。


「アレを飲んで豹変したのか……?」


 今一つ確信が持てないエミリー。

 それもそのはずで、エミリーたち冒険者からすれば、優志のスキルによって生み出されたあの回復水にこれまで数え切れないほど助けられてきた。

 そんな奇跡の水が、あの魔人にとってむしろ毒のような存在となっている。


「おああ……ああ……」


 事態を静観していた優志とエミリーとザックであったが、魔人の様子が大人しくなり始めたことで身構える。

 

 いつ襲ってくるかわからないという恐怖との戦いであったが、やがて、


「…………」


 言葉を発しなくなったと思った次の瞬間、魔人はドスンと地面に倒れ、とうとう動かなくなってしまった。


「……死んだのか?」


 エミリーが優志にたずねる。

 当然ながら、優志は断言できず、「かもしれない」と曖昧な返事をした。

 膠着状態が続く中で、



「大丈夫か!!」



 ようやくやって来たダズ。

 さらにその後ろからはジョゼフとトラビスの姿も。


「無事ですか!?」

「あ、ああ、なんとかな」


 心配そうな表情で駆け寄って来たトラビスに、優志は笑顔で健在ぶりをアピール。


「よかった。……あなたに何かあったらリウィルさんにあわせる顔がありませんからね」

「大袈裟なんだよ」


 互いの無事を喜び合う優志とトラビス。そこに加わったのが、


「無事で何よりだ」


 ジョゼフだった。


「ジョゼフ……あんた、相当な使い手だったんだな」

「騙すつもりはなかったんだ。しかし、さすがにあれ以上はどうしても黙っているわけにはいかなくてね」


 愛する息子が狙われたのだから無理はない。

 それに、その息子としても、父親があれだけ強くてカッコいい姿を見せてくれたら、見直すのは間違いない。現に、ザックは数分ぶりに再会した父に対し、先ほどのダンジョン内で起きた父の勇猛果敢な戦いぶりに対して、ありったけの勝算の言葉を送っていた。


「ほめ過ぎたよ、ザック」

「いやいや! 本当に凄かったよ!」


 仲睦まじい親子の会話にもう少し耳を傾けていたい気もするが――最大の問題点が大きく横たわる姿を視界の端に捉えると、仕事用の顔つきでダズとエミリーにたずねた。


「こいつ、どうしますか?」

「死んじゃいないか?」

「気を失っているようですね」


 胸のふくらみ方から、呼吸はしているようなので、しばらくすると復活するだろう。しかしこのままでは再びダンジョン内で大暴れをはじめてしまうかもしれない。


「いずれにせよ、動きは封じておかなくちゃいけないようだな」

「そういうことなら俺に任せておけ」

「先ほど掘り出したこいつが早速役に立つな」

「ここで使うには少々勿体ない気もするが、仕方がないだろう」

「? 何を採って来たんだ?」


 ダズとエミリーの反応からするに、かなり高価な魔鉱石らしいが。


魔鉱石チェーン――こいつで拘束されたら逃げ出すのはほぼ不可能だ」

 

 その名が示す通り、魔鉱石は魔力を受けることで形を大きく変えた。

 うねうねと自立運動するその姿はさながら鋼鉄の蛇。

 地面を這うように進み、主であるダズの命令を忠実に守り、魔人をグルグル巻きにして動きを封じ込めた。


「こりゃあ動けそうにないな」


 鎖に巻かれたそのビジュアルだけで脱出困難とすぐわかる。

 

「――で、拘束してこの後どうする?」

「とりあえず、城の連中を連れてきて見てもらおうか」


 エミリーの提案に対し、ダズは「それしかなさそうだ」とすぐさま賛同した。


「城の連中って……王国がこいつを欲しがると?」

「今は魔王討伐のため、少しでも戦力が必要な時――それに、あの高い運動神経をおまえも見たろ? あいつをこのままにしておくのは実に勿体ない」

「いやでも、そもそもこいつは魔人なら魔界から来た者――魔王側だろ?」

「そうとも限らんぞ。……そもそもこいつは本当に魔人なのか?」

「え?」

「ミツルから聞いたが、魔人とは姿形こそ人間に似ているが、雄叫びをあげるばかりでまともに会話ができないという。――だが、こいつとはしっかり会話が成立するんだ」


 ダズの言葉は一理ある。

 明らかにこれまでのモンスターや魔人とは異質の存在である。

 両者の突然変異種という可能性もなくはないだろうが、さすがにそこまでは現状で把握できない。

 ――だが、ダズの目論見には相応のリスクが伴う。


「あいつが起きて暴れ出したら、殺されるだけじゃすまないかもそしれないぞ」

「だが、こいつはこの国にとって突破口になる可能性を秘めている。うまいこと取り込めればどの国との戦争にも勝利は確実だろう。とりあえず、話だけでも持っていくさ」

「……わかった」


 あまり納得はしていないが、ダズの熱弁にそそのかされてそれ以上先は言えなかった。

 それに、最終的な判断を下すのは国だ。

 優志がとやかく言うことではないだろう。

 そもそも、あれだけ大きな鎖でがんじがらめにされたら身動きのとりようがないだろうし。


「さて、そうと決まったらとりあえず今日はお開きってことにしようぜ」

「だったらうちの店に来るか?」

「当然だぜ!」


 ダズと優志はハイタッチを交わし、とりあえず全員が無事に帰還で来たことを素直に喜ぶのであった。

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