第82話 伝説の冒険者シン
ライアンが遠征団へ参加してから数日。
相変わらず優志の店は大盛況であった。
ライアンの残した暖簾を有効活用するべく、突貫工事で店の入口を改装。大きめの引き戸にしてより銭湯っぽさを演出した。
しかし、繁盛するに伴って発生した新たな問題――それは人材不足だ。
優志、リウィル、美弦、そして美弦の召喚獣がフル回転で働いているが、正直、さばき切れていないというのが現状だ。
幸いにも、この店に来る客たちはその現状をしかと把握しているので、多少のことは大目に見てくれる。
だが、優志は苦慮していた。
この現状をなんとか打開しなくては、と。
「……とにもかくにも、新しい従業員を募集しなくちゃな」
そう思った優志は早速行動に出る。
◇◇◇
翌日。
優志が訪れたのは――町長の家だった。
「おぉ、ユージか」
笑顔で迎え入れてくれた町長。
家のソファではロザリアが猫のように丸まって眠っていた。今やすっかり町長の家に居着いているようだが、それでも日が暮れるとあの廃村の教会へ戻るらしい。
それでも、最近ではご近所の奥さん方から可愛がられているとか。
「ロザリア、か……」
一瞬、ロザリアを従業員として雇うのはどうだろうかと考えた優志であったが、恐らくロザリアは断るだろう。ロザリアのことだから一角牛の世話をしていた方がいいと答えるのは目に見えている。
と、言うわけで、優志は改めて町長へ従業員について相談する。
「従業員か……」
町長の反応は芳しくなかった。
というのも、実は従業員不足に悩んでいるのは優志の店だけではなかったのである。
優志の店が評判になったこともあって、フォーブの街を訪れる冒険者の数はここ数週間のうちに激増した。
それと呼応するかのように、ここ最近のダンジョンでは相次いでレアな魔鉱石が採掘されている。これまでに発見されなかったモンスターも発見されたり、まさにちょっとしたフィーバー状態となっていたのだ。
そのため、優志の店以外も過去に例を見ないほど繁盛していたのである。
「店の従業員を増やしたいという相談はここのところを増えていてな」
「そうだったんですね……」
経済的な面から見れば、これは大変喜ばしいことだ。
しかし、それと同時に発生した「人材不足」という問題。
「……従業員の前に住人を増やす必要があるわけか」
冒険者の数は増えても住人が増えたわけじゃないのだ。
嬉しい悲鳴といえば聞こえはいいが、そんなことを言っていられる状況にはなさそうだ。
「まあ、その辺はワシがなんとかするよ」
「俺も何かいい案が浮かべば提案します」
こうなってくると、フォーブにも町おこしが必要になってくるかもしれない。以前、仕事で町おこし企画や手伝いをした経験がある優志には少ないながらもノウハウがある。それを生かしてフォーブの住民を増やす案を練ろうと考えていた。
ともかく、従業員増員の件は無理そうという結論になったわけだが、
「…………」
「? 町長?」
「――あ、ああ、なんだ?」
町長はどこか上の空だった。
「何かありましたか?」
いつもはこんな隙を微塵も見せない町長。さすがにここまで様子が違うのはおかしいと優志がたずねてみる。
「……実は、な。あのライアンが言っていた男についてなんだが」
「ああ、たしかマークを教えてくれたっていう」
「うむ、その男だ」
それについては優志も引っかかってはいた。
左頬に傷のある男。
優志たちの世界にしかない「♨」のマークを知り、それをライアンへと伝えた人物。
偶然とは思えない。
その人物は、なんらかの方法で優志たちや美弦が以前住んでいた世界の情報を得ているのではないだろうか。
あわよくば――こちらの世界と元の世界を行き来できるのかもしれない。
もしそうだとすれば、
「元の世界へ戻れる可能性もある」
「? 何か言ったか?」
「いえ、なんでも」
あくまでも可能性の話しだ、と優志は気持ちを切り替えた。
「それで、その男が何か?」
「……ユージは《伝説の冒険者》の話を覚えているか?」
「あ」
すっかり忘れていた。
やるべきことが重なっていくうちに優先順位がどんどん下落していったから仕方がないことなのだが。
「左頬に傷のあるという証言があっただろう?」
「え、ええ」
「実はその伝説の
「え?」
伝説の
「じゃあ、その伝説の冒険者がライアンにあのマークを教えたと?」
「かもしれないというだけの話だがな。……しかし、もし本人だったとすればまた会ってみたいなとは思っている。あの男もまた、爽やかで気持ちのいい男だった」
どうやら、シンという男はかなり性格の良い人物だったようだ。
「僕も一度是非会ってみたいですね」
「君らはなんとなく話が合いそうな気がするよ。年齢も近いし」
「あの……そのシンという人物はこの世界の人なんですか?」
「そうだと思うが……この街にいた頃はまだ勇者召喚もしていないし、君のような、よその世界の住人はいないはずだ」
それが妙に引っかかる。
しかし、ガレッタもベルギウスもその点についてはふれていない。
やはり――あのふたりが何か隠し事をしているのだろうか。
一度たしかてみよう。
そう結論を出して、優志は店へと戻って行った。
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