第71話 優志の計画
「エアーの魔鉱石? あの空気を生み出すという? そんなものをどうしようって言うんだい?」
本来、エアーの魔鉱石は水中探索などに使用されることが多い。
フィルス国王からの依頼は風呂の建設。
これまでの経緯から、必要となる魔鉱石といえばヒートとアクアだと思っていたのだが、城には働き手が大勢いるので風呂焚きや排水作業は人力でも可能。なので、ベルギウスは魔鉱石は必要ないものと考えていた。
だが、優志の発想は違った。
おまけに、必要としているのはまったく予想もしていなかったエアーの魔鉱石だと言う。
「風呂を造るのにどうしてエアーの魔鉱石なんだい?」
「ちょっと仕掛けがありましてね」
ニヤリと含みのある笑みを浮かべた優志。
自信あり、と見たベルギウスは「ふっ」と小さく笑って前髪をサラッとかき上げた。
「その様子なら勝算はありそうだね」
激励に来たベルギウスとしては、優志の表情から「やってくれそうだ」という手応えを感じ取ったようだった。
「わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」
「いやいや、君には入浴剤の件で世話になったからね。王からの提案に関して行き詰まっているようなら何か協力でも思ったが――杞憂だったようだな」
「せっかくですから、足湯にでも浸かっていきますか?」
「アシユ? それは表にあったあの小さな風呂かい?」
「ええ。あれなら短時間で疲れを取れますからオススメですよ」
「それはいいね。ではお言葉に甘えて利用させもらおうかな」
途端に、ベルギウスの瞳はキラキラと輝き始めていた。
優志にはわかっていた。
ベルギウスの性格上、あの足湯に興味を抱かないわけがない、と。
「はあ……もう少しご自分の立場をわきまえていただきたいものですが」
大きくため息を漏らしたのはリウィルだった。
すでに神官を辞めさせられているリウィルにとって、ベルギウスはもうなんの関係もない人物ではあるが、言う通り、国家としては「次期国王候補」という立場の要人。そうした事情を知っているリウィルからすると、例えもう無関係とはいえその言動は気にかかるところであった。
しかし、当のベルギウスはリウィルのそんな心配を知ってか知らずか、すでに足を無防備に晒して湯に浸けており、たまたま居合わせたギャレット爺さんと談笑を始める始末。
「……あれで能力はピカイチだというのだから信じられません」
次期国王候補だけあって有能なのは事実。
だが、リウィルにはあの軽いノリがいまひとつ気に入らない様子だ。
「まあ、国民に近い目線で語れるっていう感性は大事なんじゃないかな」
優志はかつて住んでいた世界の政治家たちとベルギウスを比較していた。
政治に対してそこまで特別な関心があったわけではないが、連日のように報道されるよろしくない話題を振り返ると、あのように裏表なく自分を表現できるベルギウスのような人間が国政にいるというのは貴重なのではないかと思えていた。
「それはそうなんですけどね……」
優志に言われて、リウィルの硬かった表情は少しだけ和らいでいた。
その時、
「おーい、来たぜ」
「今度は何をしようってんだ?」
買い取り屋へ行った際に声をかけておいた職人たちが店をたずねてきた。
「待っていましたよ」
優志は職人たちを会議室(という名目の空き部屋)へ通し、そこで正式に国王からの依頼で風呂を造ることを告げた。
その反応は、
「「「「お、おぉ……」」」」
職人たちは皆驚きに目を丸くしていた。
冒険者にも負けず劣らずの屈強な肉体は丸く縮こまり、誰も言葉を発せられなくなってしまった。
それほどまでに強烈なプレッシャーを感じているようだ。
「お、俺たちが国王様の入る風呂を造るなんて……」
思わず、ひとりの職人から本音が漏れた。
その負の感情はまるで連鎖するように次から次へと伝染。いつもだったら絶対に聞けない弱気な発言が続く。
「みんな――大丈夫だ」
そんな職人たちを勇気づけようと、優志が口を開く。
「みんなはこれまで俺の注文をしっかり聞き、望みの風呂を造ってきてくれた。今度もやることは変わらない。国王陛下が気に入るだろう風呂の案を用意したから、まずはそいつを聞いてもらいたい」
ぶれることのない優志の声に後押しされて、職人たちの目つきが変わる。
もう大丈夫――そう判断した優志はエアーの魔鉱石を使った新しい風呂のプランを職人たちに語った。
「なるほど!」
「そいつは新しいな!」
職人たちは優志の案に賛同してくれた。――というより、いまひとつ効果が想定できていないようだったが、これまでもいろんな風呂を発案して見事大成功をおさめている優志の案だから大丈夫だと判断したのだろう。
とりあえず、優志の発案した風呂を造るのに必要な材料や工具を取りに職人たちは一旦街へ戻ることにした。
それだけでなく、今回は仕事場が広いため、ある程度の役割分担をしなければならないと優志が提案したことにより、それも順次決めていくこととなった。
会議が終り、優志が職人たちと共に会議室から出ると、廊下で腕を組んだまま一点を見つめるベルギウスに遭遇した。
「…………」
珍しく、真剣な眺めていたのは、
「あれって……」
壁に飾られた一幅の絵画。
それはライアンの作品だった。
「その絵が気になりますか?」
優志が声をかけると、ベルギウスはこれまでに聞いたことのない真剣な声色で、
「ユージくん……この絵の作者を知っているかい?」
そうたずねてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます