第60話 変わらぬ日々

 優志の発案した超回復効果が得られる湯を生み出せる異世界産の入浴剤。


 その効果は絶大なものであった。


「これが……現状を打開する秘密兵器だと?」


 最前線で戦う満身創痍の騎士たちへ届けられたのは、見たこともない色合いをした不思議な粉。運んできた者から、その粉の効果と使用方法を聞いた騎士たちは揃って首を傾げた。


 この世界の住人には「湯に浸かる」という習慣がない。

 

 なので、水を温めてそれに全身を浸すという行為の意図を掴み切れないでいた。


 とりあえず、指示された通り、近くの小川から水を汲んできて一緒に運ばれてきた魔鉱石製の簡易湯船に注ぎ、それを温めて湯になってから粉を入れて風呂が完成。


 だが、誰ひとりとしてそこへ入ろうとする者はいない。


「しかし、あのベルギウス殿が届けてくださったもの……きっとその行動にも何か意味があるはずだ」


 現場の指揮を任されている隊長クラスの騎士が、率先して裸になり湯へと身を投じる。すると、



「! ぬおおおおお!!!」


 

 効果はすぐに表れた。

 全身に刻まれた戦いの歴史とも言える傷がみるみる消え去り、疲労と緊張で淀みかけていた瞳には活力が満ち溢れ、肌も艶を取り戻した。


「これは素晴らしいものだ! おい! 重傷者から順番に入れ!」


 すぐにそう指示を飛ばす。

 顕著に表れた入浴剤入りの風呂の効果を目の当たりにした騎士たちは、重傷を負った者から順番に風呂へと入る。



「うおおおお!」

「ぐああああ!」

「ぬおあああ!」


 

 次々と回復をしていく騎士たち。

 これにより、戦況は一変する。

 防戦一方に追い込まれつつあった騎士団であったが、負傷して動けなかった者たちが戦線へ復帰したため形勢逆転。

 

 この機を生かした王国騎士団は、その後も快進撃を続け、とうとう魔人たちから拠点を奪うことに成功した。


「これで魔王討伐に向けての準備が完全に整いましたね」

「ああ。これもすべてはこの風呂のおかげだ」

「先ほど、これを持ってきた補給部隊の兵から聞いたのですが、なんでもフォーブの街に住むユージという男が編み出した物らしいです」

「ほう……ユージ、か。一度会ってみたいものだな」


 こうして、優志の知らない間にその名は騎士団の間で知れ渡ることになるのであった。



 ◇◇◇



「そうか。あのベルギウス様がなぁ」

「ええ」

「もしその入浴剤とやらの効果が認められれば、きっとこれから騎士たちが遠征するたびに求められることになるだろうな」


 城から戻った次の日。

 店が開くまでの時間を利用して町長に事の次第を報告。

 その際、


「あ、そういえば昨日うちの手伝いをしてくれたんだって?」


 優志が話しかけたのは今やすっかり町長の家に居着いたロザリアだった。例の廃村にある家にも帰っているようだが、日中は町長の家かフォーブの街をうろついていることが多いとのこと。少しずつではあるが人間らしい生活を送れるようになってきていると町長は微笑みながら語った。


「君の店も今やすっかりこのフォーブの目玉となった。街の中心地から遠く離れているにも関わらず、いつも賑わっていると聞くぞ」

「おかげさまでうまくやっています」


 自分のスキルだけじゃない。

周りの人たちに支えられて今がある。

 優志は素直にそう思えた。




 店に戻った優志は風呂に入れなかった客へ新たに習得したスキルを駆使したマッサージでもとなす。


「おぉ……まるで背中に翼が生えたようだ……」


 利用者から大好評を得た優志のマッサージ。

 主な客層としては冒険者が多いので、どうしても屈強な男たちが相手となる。別に下心があるわけではないが、男のいかつい体ばかり触っていると感覚が麻痺してきそうだ。


「うぅん……そろそろ手がしびれてきたな」


 昼頃に一旦マッサージサービスは終了。


 休憩がてら、店内の様子をじっくりとうかがう。


 サウナで汗を流す者もいれば、じっくりゆっくりと湯に浸かり冒険の疲れを癒している者の姿も映る。食堂では冒険者たちが次に潜るダンジョンの相談だったり、ドロップした魔鉱石を売って得たお金をどうわけるかで議論が白熱している者たちもいた。


「こうして改めて見ると、結構広いんだな、この廃宿屋」


 これまであまり気にしなかったが、心を静めて店内を歩き回る優志には自分の店がそう映った。

 

 だが、いいことばかりではない。


「少し手狭になってきたな」


 連日訪れる利用者の数――正確に計測したわけではないが、相当な人数が利用しているのはたしかだ。そうなってくると、次に思い描くのは、


「そろそろ増築を考えるべきか……」


 優志の店はさらに大きな発展を遂げようとしていた。

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