第46話 開店
薄暮が迫る頃に優志たちが店に戻って来ると、何やら人だかりができていた。
「なんだ?」
「何かあったんでしょうか」
優志とリウィルは互いに首を傾げながら店へと向かう。
ちなみに、町長はロザリアともう少し話をするといって廃村に残った。
「お? どうやら主役のご帰還だぜ!」
人だかりの向こう側からよく知った男の声がする。
ダズだ。
「ダズ? これはなんの騒ぎだ?」
「なんの騒ぎって――決まっているだろ! 完成記念にフォーブの街のみんなが集まって来てくれたんだ!」
ダズの言葉は引き金の役割を果たし、集まった人々の歓声が銃口から放たれた弾丸のように優志とリウィルの体を貫く。
「か、完成って……」
「サウナと風呂場は当初の予定通り、完成にこぎつけたぞ!」
「排水機構も完璧に仕上げてやったぜ!」
「私も頑張りました!」
そう語るエミリーと美弦、そして街の職人たちの顔や腕を真っ黒になっていた。一生懸命に作業をしてくれたことが窺える。
「み、みなさん……」
優志は言い表せない感情に打ち震えていた。
魔人騒動解決後、優志たちの店をオープンさせるための準備には街の人たちに随分と世話になった。椅子やテーブルなどの家具を提供してもらっただけでなく、改装工事にも手伝いに来てくれた。さらに差し入れの食事まで。優志からすれば、逆に街の人たちに感謝したいくらいだった。
「こんなに大勢の人が開店を祝ってくれるなんて……ユージさんは凄いですね」
「俺だけの力じゃないさ。リウィルだって、いろいろと協力をしてくれただろ?」
「私はむしろあなたに深く感謝する立場ですよ。……あなたを勝手にこの世界に召喚して大変な目に遭わせた張本人である私を、あなたは一緒に働こうと誘ってくれました」
「リウィル……」
「とても嬉しかったですよ?」
優志からすれば当然のことであったが、その厚意がリウィルに与えた影響はとても大きかったようだ。
「おいおい! 何をしんみりしてんだよ! ほら! 店長として開店の挨拶でもしろって!」
ダズが間に入り、店長の優志を引っ張り出して人々の前に立たせる。
数多の視線に晒されて、優志はあわあわと緊張のあまり呂律もうまく回らない状態であったが、深呼吸を挟み、落ち着きを取り戻してから、
「みなさん――今日までありがとうございました!!」
開店祝いに来てくれた街の人々へ、優志は感謝の念を込めてお礼を述べた。
「今日は開店を祝して大盤振る舞いだ! みんな、ゆっくりしていってくれ!」
「「「「おおおおおおおっ!!」」」」
優志の呼びかけに、押し寄せた人々は雄叫びで応えた。
完成した店内はあっという間に人でいっぱいになった。
正直、あのボロ廃宿屋がベースになっているということで、床が抜け落ちたりしないだろうかと心配になったが、そこはプロの職人の技によって完璧な仕上がりとなり、30人近くが来店してもまったく不安を感じさせない頑丈さを見せた。
「こいつが例の風呂か!」
「おお……全身から力が抜けるぅ……」
「あれだけ痛かった関節の痛みが取れていく……」
「これはまさに奇跡だ!」
男湯では冒険者たちが、
「このお湯を肌にかけるだけですべすべになるわね」
「こっちは肩のコリが嘘のようになくなっていくわ」
「はあ……このままずっとこのお湯に浸かっていたい……」
女湯では街で働く女性たちが、それぞれ優志手製の温泉を楽しんでいた。
そのすぐ近くでは、
「ふむむむ……」
「ぐぬぬぬ……」
「うおおお……」
ダズの作ったサウナでは、湯浴み着に身を包んだ男女が一緒になって汗を流していた。その後で、近くに造った水風呂に浸かる――このループから抜け出せなくなる者が続出し、一日にして大ブームを巻き起こすことになった。
そして湯上りはもちろんコーヒー牛乳。
「ユージの旦那! 依頼していた例の品が来ましたよ!」
「ちょうどいい。早速そいつに注ぐとしよう」
コーヒー牛乳を導入すると決めてから、優志はフォーブの街のガラス職人と交渉し、ある物を作らせていた。それは、
「やっぱりこの形状の瓶じゃないと風情がないよな」
優志の世界ではお馴染みであるコーヒー牛乳の入ったガラス瓶。デザイン画を提供し、そっくりに作ってもらったのだ。
「しかしさすがはフォーブでも一番と称される職人の技――俺が描いたデザインが通りの出来じゃないか」
そのクオリティーの高さに、優志もご満悦だった。
肝心のコーヒー牛乳の評判だが、
「うっっっっめぇぇぇぇぇ!!!」
「火照った体にこいつは最高に合うな!」
「くっはぁぁぁぁ!」
たとえ世界は違っても、リアクションはあまり変わらない。
風呂やサウナで汗を流し、その後でコーヒー牛乳で喉を潤す。
そこには、優志の思い描いていた光景が広がっていた。
「とりあえず……まずは第一段階完了ってとこかな」
温泉やサウナで元気を回復していく人々を眺めながら、優志は改めて思う。
これが――この世界での自分の仕事なのだ、と。
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