第45話 完成! 異世界コーヒー牛乳
優志はまずロザリアに自身のコーヒー牛乳への熱意を伝えた。
――というのは流れで発生した脱線話。
本来優志が伝えたかったのはロザリアに一角牛の乳を分けてもらうことだった。
「というわけで、お願いできないかな?」
優志が語りかけると、ロザリアはトコトコと歩き出した。そこには逃げる時のような俊敏さは見られない。そのことから、優志の言うことを理解して一角牛の乳を提供してくれる気になったのだと判断した。
その読みは的中。
一度教会内へ戻ったロザリアの手にはグラスが握られており、手近にいた一頭の一角牛に近寄ると腰を下ろして乳しぼりを始めた。
「搾乳の仕方は普通の乳牛となんら変わらないな」
体験したわけではないが、テレビなどで見た搾乳の光景とまったく同じであった。ただ、近年では機械による搾乳が広まっているというニュースも耳にしているので、今後はあのような手作業はあまり見られなくなるという。
たしかに機械化は人件費の削減や作業能率という観点から畜産農家にとっては歓迎すべきものなのかもしれない。だが、体を優しく撫でられながらリラックスした状態の一角牛を見ていると、たとえ労力が必要でもロザリアのしているような手作業の方がより良い乳が出るんじゃないかと思えてくる。
やがて、グラスがいっぱいになったのを確認すると、優志の前までやってきてそれを無言のまま差し出した。
「飲んでいいのか?」
ロザリアは静かに頷いた。
ここで、優志はロザリアがまだ一言も言葉を発していないことに気づく。
町長の話では幼い頃に火事で両親を失い、それからずっと一角牛たちとこの廃村で暮らしていたのだとしたら――恐らく、人と会話するということ自体が数年振りの出来事なのかもしれない。
コミュ障とか、そんな生易しい言葉では括れない状態と言えた。
「人とのコミュニケーションについても改善していかなくてはな」
町長はどこか嬉しそうに言った。
死んだと思っていた友人の娘が生きていた――その実感が湧いてきたようだ。
改めて、優志はグラスに注がれた白い液体へ視線を落とす。
ドリンク系アイテム屋で飲ませてもらった双頭牛の乳はとても飲めた代物ではなかった。果たして、この一角牛の乳はどうだろうか。
期待と不安が入り混じる中、優志は恐る恐るグラスに口をつけて喉に流し込む。
――その感想は、
「! うまい!」
短いながらもすべてが詰まった感想だった。
生臭さと舌触りの悪さが目立った双頭牛の乳と違い、一角牛の乳は特有の生臭さがなく、程よい甘味が口いっぱいに広がっていく。苦味のあるコーヒーとの相性も良さそうだ。
「完璧だ……これこそまさに俺が求めていた牛乳だよ!」
喜びのあまり、優志はグラスをリウィルに預けると、感謝の気持ちを込めてロザリアの両手を力強く握り、上下に激しく振る。
これにはさすがのロザリアも驚いたようで、目をパチクリとさせた後で頬を赤くし、照れ笑いを浮かべていた。こうしてみると、いろいろと複雑な事情はあるが、年相応の女の子なのだと思わされる。
「ロザリア……よかったらフォーブの街へ来ないか?」
優志のテンションが一段落ついたところで、町長はロザリアをフォーブの街へと誘った。
しかし、ロザリアはやはり無言のまま首を横に振った。
優志にはその気持ちが理解できた。
たとえ廃村となっても、ここはロザリアにとって生まれ故郷。
そこを離れて暮らすことには抵抗があるのだろう。
だが、生活が不便であることには違いない。
そこが悩みの種だ。
今はまだ健康だからいいが、もしもロザリアの身に何かあったら――町長は気になって夜もおちおち寝ていられないと語る。
「なら、こういうのはどうでしょうか」
両者の気持ちを汲んだ優志は、ある提案をする。
「ロザリアが一角牛の乳をうちへ持ってきてくれれば、それを買い取ります。そのお金で生計を立てるというのはどうでしょう」
「毎日持ってきてもらえれば、ロザリアさんの身に何があっても気づくことができますね」
リウィルの言ったことこそまさに優志の狙いであった。
「なるほど……たしかに、牛乳を売ってお金を稼ぐという行為は立派な社会生活だ。ここから離れないとしても、そうして安定した生活を送れるようになってくれれば俺としても安心できる」
町長は賛成をしてくれた。
問題はロザリアの方だが、
「…………」
反応はいまひとつ。
「よし、なら――」
優志は持っていたバッグの中からある物を取り出す。
小さな瓶に入ったそれは――モニカから譲ってもらったコーヒーだった。
「この場で完成品を披露すれば、一角牛の乳がどれほど凄いものか想像がつくだろ」
優志はリウィルからグラスを受け取り、そこへコーヒーを流し込む。
黒と白が渦を巻いて絡み合う。
瓶を少し振ってさらによくかき混ぜ――完成したのが異世界産100%使用のコーヒー牛乳だ。
「さあ、飲んでみてくれ」
今度は優志が瓶を差し出す。
受け取ったロザリアは眺めたり匂いをかいだり一通りいろいろと試した後、おっかなびっくりしながら瓶の中の液体を口に含んだ。
「っ!!!」
その瞬間、笑顔が弾けた。
言葉を交わさなくても、感想は手に取るようにわかる。
「大成功ですね!」
ロザリアと同じくらい明るい笑顔でリウィルが優志の肩を叩く。
どうやらコーヒー牛乳の素晴らしさはロザリアにしかと伝わったようだ。
「ロザリア、その飲み物を生み出すためには一角牛の乳が必要になる。――俺たちにそれをわけてもらいたいんだ。もちろん、相応の代金は払う」
「…………」
相変わらず無口だが、今度は首を縦に振るロザリア。
ここに、優志とロザリアの間で業務提携が成立した。
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