第44話 消えぬ過去

「あ、あなたは!?」


 廃教会に現れたのは、


「「ちょ、町長!?」」


 優志とリウィルの声が綺麗に重なった。

 警戒心を剥き出しにする少女に手を焼いていた優志たちの前に姿を見せたのは、フォーブの町長だったのだ。


「ど、どうしてここに?」


 優志の質問に、町長は目を伏せながら答える。


「君たちが出て行ったあと、もう一度昨夜君が出会ったという少女の特徴を思い出していたらピンと来たんだ。もしかしたら――私のよく知るロザリアではないのか、と。それで、もしかしたらとこの村へ来たんだが……ドンピシャのタイミングだったみたいだな」



 一角牛を連れた謎の少女の特徴を聞いた町長は、もしかしたら自分のよく知る少女――ロザリアではないかと思い至り、優志たちの後を追うようにしてフォーブの街からこの廃村へとやって来たようだ。


 ――そして、その読みはどうも的中したらしい。


「あの落雷での火事で両親共々焼け死んだと思っていたが……まさかこうしてまた会えるだなんてな!」

「…………」


 興奮気味の町長。

 逆に、先ほどまで優志たちに飛びかからん勢いで警戒心をあらわにしていた少女ロザリアは町長を目の当たりにした途端、脱力したように呆然としている。その様子は、


「……葛藤している?」


 優志にはそのように映った。


 しばらくすると、


「!!」


 少女は乗っていた祭壇から飛び下りてそのまま教会の奥へと走り去っていった。


「お、おい!」


 すぐにあとを追おうとした優志だが、ロザリアの俊敏な動きについていけずに見失ってしまう。ここまで歩き続けてきたこと発生した両足の疲労が完全に足かせとなっていた。


「明らかに動揺していたな……」


 滴る汗を乱暴に振り払って、優志はリウィルたちの待つ祭壇へと戻って来た。


「あの子と知り合いだったんですね」

「ああ。上手く説得できると思ったのだが……」


 町長は口調に悔しさを滲ませていた。


「どういった関係だったんですか?」


 リウィルがたずねると、町長は大きく息を吐いて近くにあった長椅子に腰を下ろした。


「彼女の父親と私は古い友人だった。母親も知り合いで、私がふたりを引き合わせたのだ」


 つまり、ロザリアの両親のキューピッド役を務めたのが町長ということらしい。


「ロザリアの父親は腕利きの冒険者だった。ダズに冒険者としての基礎知識を叩き込んだのもあの子の父親だ」

「ダズの師匠ってわけですね」

「まあな……ダズだけじゃない。このダンジョンで冒険者を生業とする者にとって、ロザリアの父は憧れだった」

 

「だった」――過去形であることに、優志はハッとなる。


 町長がロザリアに送った言葉の中に「両親共々焼け死んだ」とあった。それはつまり、もうこの世にはいないということ――あの落雷による火事によって命を落としたのだ。


「あいつは最後まで村人を避難させようと必死に救助活動をしていた。その時、俺は所用で王都へ行っていたため、町長である俺の指示がうまく通らず、フォーブの住民が加勢に向かうのがかなり遅れてしまったんだ」


 町長は天を仰いだ。

 寂れた天井をジッと見つめて、涙を飲み込むように喉を鳴らす。


「今でもずっと後悔の念があった。酷い雷雨だったからもう1泊してから帰ろうなんて悠長に考えず、とっとと街へ戻るべきだったんだ」

「で、でもやっぱり、町長さんは何も悪くないですよ。そこまで思い詰めなくても」


 リウィルが町長へフォローを入れる。

 だが、例え世界中の人間が町長に非はないと擁護したとしても、町長の心の傷は癒えることなどないだろう。それほどまでに、古い友人であるロザリアの父との一件が深いトラウマとなっている。


「あの子は?」

「逃げられました。ただ、ここが寝床になっているのは間違いないようです」


 優志の視線の先には使い古されたブランケットがあった。


「しかし、私たちにここがバレた以上、あの子は戻ってこないのでは?」


 リウィルの指摘については優志も同感だった。

 あのロザリアという少女にはどこか野性味を感じる。

一角牛と生活を共にしてきた影響からなのか、直線会った優志としても「人間」というよりは「野生動物」に近い印象を受けていた。

 だとしたら、わざわざ自分を狙っている者に荒らされたこの寝床へ戻って来ることは考えにくい。


「また振り出しに戻っちゃいましたね」

「そうなるな」


 結局、苦労の末にも牛乳を得ることに失敗した優志たちであった――が、



「―――――」



 3人の耳に、何か叫び声のようなものが届いた。どことなく、助けを求めているように聞こえる。


「な、なんだ、今の!?」

「奥の方からです!」

 

 優志たちは大慌てで教会の奥へと進む。すると裏口へとたどり着き、そこから外へと飛び出すと――目の前にはロザリアがいた。


 そのロザリアのかたわらには一頭の一角牛が横たわっている。口の端から泡を吹き、白目をむいて危険な状態だ。


「どうした!?」


 優志が駆け寄ると、ロザリアは再び短剣を構えて威嚇する。――だが、今度の優志はその威嚇に怯むことなく、一角牛の身に何かが起きたことを悟ると、すぐさまスキルによって生み出した回復水を取り出し、ためらうことなく一角牛の口に含ませた。


「こいつを飲めば安心だ! さあ!」


 必死の呼びかけに一角牛は応じた。

 ゴクゴクと優志手製の回復水を飲み干していく。

 その様子を、ロザリアはただ黙って見つめていた。最初は頑なに阻止しようとしていたのだが、水を飲む一角牛の顔色が徐々によくなっていくのを目の当たりにし、目の前にいる男が一角牛を救おうとしていると判断したのだろう。


 やがて、


「モー!!」


 元気を取り戻した一角牛がまるで狼の遠吠えのように満点の星空へ向かって鳴いた。その様子は完全回復をアピールしているようだった。


「さすが優志さん印の回復水。モンスターにも効果テキメンですね!」

「敵になった時にぶっかけないよう注意しないといけないな」


 そんな冗談を言いつつ、優志はロザリアへ向き直る。

 ロザリアは逃げ出さない。


 ――今なら、話ができるかもしれない。

 優志は勇気を出して切り出した。


「ロザリア……君に話があるんだ」

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