第6話 宿屋の食堂にて

 異世界で迎える二度目の朝。


「う、う~ん……」


 窓から差し込む朝陽を浴びて、ソファをベッド代わりにしていた優志は目を覚ます。

 体を起こすと、すでに宿屋内には歩き回る人の姿も見られ、賑やかさが増してきている。


「起きたか」


 軽く伸びをしていると、宿屋の店主――ジームが話しかけてきた。


「悪いな、部屋が空いていなくて」

「いえ、無理を言ったのはこちらですから。むしろ毛布を貸していただいてありがとうございました」

「謙虚だねぇ、あんた。気に入ったよ。今日の朝飯は俺の奢りだ。食っていけよ」

「そんな、悪いですよ」

「いいってことよ。そうだ。昨日あんたが連れてきたあの子も一緒に呼んで来るといい」

「で、でも」

「ひとりもふたりも変わりゃしねぇんだ。ほら、呼んで来いよ」

 

 店主ジームに強く勧められた優志はその厚意に甘えることにし、リウィルを起こそうと部屋へと入る。

 念のため、ノックをするが応答なし。

 まだ寝ているようなので、とりあえず音を立てず静かに鍵を開けて入室。


「おーい?」


 声をかけるが返事はなし。やはりまだ寝ているようだ。


「入るぞ~」


 着替え中に鉢合わせなんて古典的ラブコメ展開を避けるため、細心の注意を払って部屋へと足を踏み入れる。優志が渡した水を飲み干したあと、スイッチが切れたように眠ってしまったため、室内には特に昨日との変化は見られない。



「ん、ん~……」


 

 妙に色っぽい寝息に思わず反応してそちらに視線を移すと、


「ぬおっ!?」


 優志は口から内臓という内臓が一気に吐き出されそうになるくらい驚いた。

 

 本来なら優志が寝るはずだったベッドにはリウィルがいる。それ自体は不自然じゃない。優志自身が、そのベッドにリウィルを寝かせたのだから。

 驚いていたのはその格好。

 ベッドのシーツを抱き枕のようにして抱えているのだが、身にまとっていたはずの服装は床に脱ぎ捨てられていた。


 まあ、つまり、どういう状況なのかと言うと――諸々丸見えだったのだ。


「おぉう……」


 しばらく硬直していた優志だが、すぐにハッと我に返って目を背ける。

 相手が寝ているのをいいことにその裸体を凝視するなどという外道なマネなんて許されるはずがない。ともかく、ここは距離を置いてこっそり起こすようにしよう。


「うん。それがいい」


 強引に自分を納得させた優志は早速移動を開始すべく閉じていた目を開ける。


 すると、まるで見計らっていたかのように、


「うぅん……ん?」


 リウィルが目覚めた。


 ぶつかり合う両者の視線。


 しばらくの沈黙が流れたのち、自分の姿を確認したリウィル――直後、城で聞いたのとまったく同じ悲鳴が宿屋に轟いた。



 ◇◇◇



「そ、そういうことでしたか……」


 起床後、慌てふためくリウィルを根気強く宥めて食堂へと移動し、ジームの作った朝食を食べながらさらに詳しく事情を説明――そこでようやく優志の誤解は完璧に消え去った。

 食後に出されたコーヒーを飲んでいると、


「勝手にこちらの世界へ呼んだ私が聞くのもおかしな話ですが……あなたはこれからどうするんですか?」


 リウィルからそうたずねられた。


「俺か? うーん……とりあえず、今日はガレッタさんから紹介された職業斡旋所へ行ってみようと思う。当面の生活費と拠点は用意してもらったけど、いつまでもそれに甘えているわけにもいかないからな」


 簡単にこれからの予定を話すと、リウィルは、


「なんていうか……あなたは凄いですね」


 もの凄くぼんやりとしていながらも心から優志に感心した様子だった。


「凄い?」

「私は神官という職にすがりついていたのに、あなたは突然今のような状況下に置かれても新しい道を模索して歩き出そうとしている。飛べないと知りつつも立ち止まって空ばかり眺めている私とは大違いです」

「切り替えの速さ――て、言うと聞こえはいいな。ようは嫌なことからは目を逸らして楽しいことだけ考えていけばいいっていういい加減な性格だからだよ」


 それくらいの気持ちでいなければ、現代のストレス社会を生き延びるのは難しい。優志が社会人になって一番痛感したことだった。


「リウィル……君の方こそ、これからどうするんだ?」


 今度はこちらの番とばかりに優志がたずねる。


「正直、まだ決めかねていますね」

「神官の仕事に未練が?」

「ないと言えば嘘になりますが……」


 しまった、と優志は自分の発言を後悔した。

 どう見たって未練タラタラなわけだし、未練があるからこそ昨夜あんなに酒を飲んでいたじゃないか。気まずい沈黙をなんとか打開しようと、気の利いた言葉でさりげなく励まそうとするのだが、


「そ、そういえば、リウィルはお酒が好きなのか?」


 どう考えてもアウトな質問だ。

 それでは昨夜の嫌な想いを蒸し返すようなものじゃないか。

 再び深い後悔の念に苛まれる優志であったが、


「……あれ?」


 リウィルの反応は少しおかしかった。

 何か腑に落ちないといった表情で自分の体を見回している。


「どうかしたのか?」

「い、いえ……私、お酒は苦手なんです。だけど昨日はあんなにたくさん飲んだのに……二日酔いがまったくないんです」


 たしかにあの量を飲んだら相当強い人でない限り二日酔いが凄そうだが、お酒が苦手なリウィルにはそれがないらしい。

 それでも、お酒に弱くても二日酔いしないという体質を持った人間もいるので特段気にするようなことではない。たまたま今日がそういう酔わない日だったという偶然の一致だって可能性もある。


 ――だが、リウィルはまったく違うことを考えていたようだ。


「ユージさん……あなた本当は何かスキルを持っているのではないですか?」

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