第十三章
129 魔竜襲来
「な……なんですかね、これは……」
茫然自失の態で、ミキモトはつぶやいた。
ゴウリキ、ケイコMAXも同様である。彼らは一様に口を痴呆のようにぽかんと開いて、その巨大なものを見上げていた。
それは大きかった。
全身は光沢のあるぬるりとした闇の色をしており、その怪鳥のごとき巨大な翼は、天を圧するがごとく、堂々と広げられていた。
鋭き爪。巨木のような二本の脚。稲妻を切り取ったかのように爛々と光を放つ双眸は、決して逃しはしないとばかりに、じっと彼らに注がれていた。
――
百人中、百人が見ても、そう答えるだろう。彼らの世界では単なるおとぎ話でしかない異形の怪物がいま、傲然と眼前に立ちふさがっている。
「どうした異世界勇者よ、ずいぶんと顔色が悪いじゃないか」
床机に座したまま、余裕の笑みを浮かべているのは凱魔将ラートドナだ。
異世界勇者たちにとっては、晴天の霹靂のような出来事だった。
早朝、彼らは争うように、ザラマの市壁から飛び出し、たった3人で魔王軍へと奇襲をかけたのだ。それは圧倒的な脅威をともなって魔王軍を席巻した。
彼らが必殺技を連呼するたび、魔族が宙を舞い、攻城兵器が粉砕された。
破裂音がこだまし、絶叫があたりを包んだ。3人は連携などまるで関係なしに、ひたすら競うあうように大技を炸裂させていく。
勢いに乗った彼ら3人をせき止めるものは何もなかった。ミキモトのレイピアが空を切りさき、ゴウリキのパンチが大地をうがち、ケイコMAXの蹴りがうなりをあげる。
立ち向かっていった者はことごとく彼らの前に塵と消えた。
いかに魔王軍10万といえど、彼ら異世界勇者の所有する、超強力な武器の威力に抗する術はないように思われた。
さながらモーゼの十戒のごとく、大軍が左右に割れた。奥に座す総大将、ラートドナへの道が一直線に開かれた。3人は互いに牽制しながら、彼の眼前に殺到した。
「――そのそっ首、もらったぜ!」
「横取りしないで! そいつはワタクシの得物よ!」
「いいや、私の相手ですね!」
そのとき、異変が起こった。
彼らの頭上に、昏い陰が落ちた。
――早朝だというのに?
意外な事態に3人は、総大将を前にして空を見上げた。
そして、その行動は正しかった。
かつてのザラマ・メテオライトを彷彿とさせる勢いで、漆黒の巨大な怪鳥が彼らの頭上へと落下してくる。
「――上から来るぞ! 気をつけろ!」
それは誰が発した言葉だったか定かではない。とにかく必死で彼らは後方へと跳躍した。まさに圧死寸前であった。かろうじて全滅の危機を回避した3人だったが、今度は落下した怪物の風圧で、さらに後方へと弾かれることとなった。
その、勇者たちが転げまわる有様を、満足そうな顔で眺めているのがラートドナである。彼は風圧の影響をまるで受けないのか、平然と床机に座したままだ。
「こいつが魔王軍の新たなメンバーだ。紹介が必要か?」
「そうしていただけると助かるわァ、大将サン」
「といっても、見ての通りのドラゴンだ。といっても、天然モノではないがな」
「とすると、養殖モノってことねェ」
「慧眼だな。こいつは我が魔術工房で創られたキメラだよ。部品のほとんどは、様々な怪物から拝借して合成しているわけだ」
「それでは、今まで出てきた醜悪な怪物たちと同じということですね。しかしこのドラゴンは、あまりに完成度が高すぎる。これまで出てきた化け物とは、ちと差がありすぎませんかね?」
「ふふ、今までの怪物どもは、ここへ到達するための進化の過程だと思えばよい。
「その話、長いですかね?」
「アタクシ、胸糞悪くなってきたんだけど」
「貴様らの方から聞いてきたというのに、つれない奴らだ。まあよい、その顔も見飽いた。魔竜よ、目障りな障害物をさっさと片付けてしまえ」
すうっと魔竜が息を吸い込んだ。
とたんに周囲の空気が希薄になった気がした。
無論、気のせいにすぎないのだが、この怪物の持つ独特の威圧感が、異世界勇者たちに、あたかも事実そうなったかの如き心理的圧迫を与えてくる。
「いかん、逃げろ!!」
吸い寄せられるように、魅入られるように、彼らは呆然と立ち尽くしていた。その言葉が発せられるまで。ドラゴンの真紅の口腔は、彼らをあざ笑うかのように大きく開かれ、そこから生じた炎の舌が地表を舐めつくした。
異世界勇者たちは地を転がるように距離をとり、直撃を避けた。
ちりちりと土の焼ける異臭が周囲を覆った。
「やられっぱなしで収まるわけには行きませんね!」
ミキモトはレイピアを天空に掲げ、そこから必殺の一撃をくりだした。
「
風が乱舞し、ドラゴンを切り裂き――は、しなかった。
ドラゴンは微動だにせず、ただ泰然とそこにいる。
まるで痛痒を感じていない。そんな顔をしている。
ついでゴウリキが空烈破斬を撃ち、ケイコMAXが空中旋風斬脚を放った。すさまじい衝撃音が響き渡り、魔王軍の兵たちは頭を抱えて地に顔を伏せる。
彼らが頭をあげたとき、砂塵の中から見えた風景――それは、まるで巨大な岩石のようにたたずむ一匹の竜と、ただ茫然自失の態でたちつくす3人の男の姿だった。
龍の鱗。それは冒険者の持つ武器の中で最大級の硬度をほこるミスリル銀よりも硬いとされ、並大抵の攻撃では、傷ひとつ付けられない。
それは圧倒的な火力を持つ、異世界勇者の武器ですらも同様だった。目前のドラゴンには何の影響も与えることはできなかった。
「ははは、巨大な岩石へ向かって吐息を吹きかけても、何の影響もないということだ」
「お、俺たちの攻撃が、吐息だと?」
「そうだ。そして、本物の
はっと異世界勇者たちが我をとりもどしたとき、すでにドラゴンは攻撃態勢を整えていた。魔竜は、するどい牙の林立する顎を開き、爆炎を吐き出した。
こんどは、避ける余裕は無かった。
炎の塊はあっというまに彼らを包みこみ、地上から彼らの姿を消した。
「ははは、呆気ないものよ。これでこの地上に我らの邪魔をするものはいなくなった。さあ、者ども、ザラマはもはや陥ちたも同然、略奪は早いもの勝ちだぞ!!」
ラートドナは、兵たちの歓声を予想していた。
しかし、だれも声を発する者はいない。疑問に思った彼は、いまだ放射されつづけている竜の炎の方向を見やった。
炎がおさまると、そこには傷ひとつなく立っている3人の異世界勇者がいる。全員、薄緑の半透明なドームに覆われて。今度はラートドナが狼狽する番であった。
「ど、どうして貴様ら、いやそれより、その男は――」
――いや、3人ではなかった。ひとり多い。
いつの間に現れたのだろうか。
小柄なひとりのドワーフが、彼らを護るように立っていた。
「初めましてじゃのう、総大将どの。ワシの名はダー・ヤーケンウッフ。この不毛な戦争を終らせに来たものじゃよ」
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