第56話:知らぬが仏

 他にも数組、狩猟祭の入り口に戻るまでに、超循環士たちの戦いを数例見た。

 いちいち説明するのもアレなので、内容については割愛するが、共通で表現するなら、やはり『化け物』と口にするのが一番簡単だろう。


 今まで、ルーミルが特別最強だと思っていたのだが、他の人たちも悪魔と戦うに十分か、それ以上に人外じみた戦い方をしていた。

 敵の攻撃は速やかに避け、各々が得意な戦い方で敵を討つ。


 端から見れば、それはそれは魔法使いに近いようなそれと言った方が説明が付く。


 大戦争時代であることを、私が改めて思い知らされてしまった。


「……と思う……んです……ね」

「……ん?」


 鼓膜の外から、篭もったような声がする。


「そ…に……素材は……こだわ……」


 それは、いつも聞いている穏やかなルーミルの声。

 骨髄越しに聞いているような遠い声ではあるものの、ここ最近は毎日聞いているものなので、すぐに誰だか判断できた。


 さすがルーミルの超循環で煎じた漢方薬の力。

 一時間で治癒できると言っていたのに、それよりも早い三十分で治りかかってきたようだ。


「ずっと使い続……素材だ……こそ、どの地域に何……生えている……頭の中に……」


 だんだんと喋っている内容が繋がってきている。

 内容を聞くに、超循環の素材についての話だろうか。


 私の耳が聞こえていなかったというのに、それでも戦いや超循環についての話に夢中になるルーミル。

 常に自己研磨を怠らず、上を目指そうという姿勢には感服してしまう。


「肌触りや……は、常に纏う……ては、やはり……を使って……」


 ルーミルもずっと一人語りをしているだけでは、退屈になってしまうだろう。

 まだ完全ではないが、声は聞こえてきている。

 せめて、語っている内容に「そうだね」の一言でも掛けてあげようかと思ったのだが。


「……そうして素材にこだわって作られたTバックは、初心者のリヌリラでも十分は着心地の良いものへと仕上がっているのだと思うのです」

「…………っ!!」

「あと、ショートパンツにタイツというのも、ボーイッシュながら女性らしいかわいらしさを出せる組み合わせだと思いますので、遠い未来に流行るのではないでしょうか」

「………………」

「今度、私がミシンで縫い合わせて、無理矢理リヌリラに着せて公園でも散歩させてみましょうか。羞恥心とピュアな可愛さが絶妙に組み合わさって、それはそれは眼福な時間となるでしょう。映写機器を借りて、その姿を納めなくては……」

「……………………」

「ね、リヌリラ。良いと思いませんか? 強制公開ゲリラ一人ファッションショー。きっとあなたのファンがたくさん増えて、一挙に有名になれますよ」

「………………………………」

「……って、聞こえるわけありませんよね。破れた鼓膜は、あと三十分ほどしないと完治しないでしょうし」

「……………………………………」

「リヌリラに今の話が聞こえていなくて良かった。淑女である私が、こんな特殊な性癖を持ち合わせているなんて知ったら、多分驚かれて距離を置かれちゃうかもしれないですからね」

「………………………………………………」

「でも、こうして本人の目の前で聞こえないと分かっていつつ秘密を漏らして喋るっていうのも、背徳感があってゾクゾクするものです」

「……………………………………………………」

「さぁて、リヌリラちゃん。帰ったらお姉ちゃんがたっぷり看病してあげますからね~。今まで当てる先が無かった母性本能の塊を、過剰なまでにぶち込んであげますからね~」

「…………………………………………………………」


 という、ヤバい発言を、いつものニコニコフェイスから崩すことなく淑女らしい振る舞いで語っていた。

 表情はなんとか崩さなかったものの、溢れる汗が過剰なまでに服に染みこむ。

 これは砂漠の暑さではなく、純度百パーセントの冷や汗。


 今度から、ルーミルと歩くときは十センチくらい離れて歩いた方が良さそうだ。

 いつ、強制一人ファッションショーをされてしまうか分からないからね。


 世の中というのは、とても広い。

 様々な人が、様々な思考を信念に持ち、生き続けている。


「…………」


 今度、マーケットで自分の部屋に掛けられる強力な鍵を探しに行こう。

 そこに糸目を付けてはいけない。


 防犯、大事。

 命、大事。

 自尊心……それは命に等しいプライド……!


 私はそう決意して、ルーミルの声が聞こえないフリを続けることにした。


 …………

 …………

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