第40話:巨大なイノシシ。英語でいうと
「ここ、メルボルン南南西の荒野には、砂を泳ぐイノシシが存在します」
「……イノシシ、だと?」
聞き慣れたメシの言葉に脳が瞬時に反応する。
「サウスボアという名前で、砂漠地帯で生きるべく進化していったイノシシの品種です」
「聞いたことないなぁ。美味しいの、それ?」
「……初めて聞く動物に対する疑問が美味しいのかどうかと最初に質問するあたり、リヌリラらしいというか」
ルーミルに食事を管理されてしまっている今、私には外でつまみ食いという選択肢しか残されていない。
今後、自らの身を守るには、この時代の生態系をより深く理解する必要があると思う。
このままでは、体が野菜になりすぎて、違う私が開花する。
「……まあ、言ったとおり、サウスボアは人々の中では人気のあるお肉です。砂漠の中を徘徊するので体の水分は少ないというのが特徴で、歯ごたえがありますが、身が引き締まり濃い味のするお肉です」
「私の理想通り……神のような存在もいるんだね」
「リヌリラは神を食べるのですか……」
運命とは時に残酷なのだ。
たとえ、神を裏切ることになろうとも。
「サウスボアは月に一度の頻度で砂漠の中を移動する習性があります」
「どういう理由で?」
「天敵対策です。言ったとおり、サウスボアの肉は身が引き締まって味もおいしい。人はもちろんながら、悪魔や肉食獣といった生物から身を守るため、定住を持たないようにしているのです」
「へぇ、私の時代のイノシシとは大違い。そもそも砂漠を泳ぐという概念すら存在しないし」
「どうでしょうね。長い年月を経て狩られつくしてしまったのか、時代を通じて生き残る進化をしたのかわかりませんが、ともあれ、私たちの時代のイノシシはサンドボアがメジャーとなっています」
百数十年の経過で、そこまで生態系が変化するというのもなんだか面白い。
歴史には興味ないけれど、こういう話を小さい頃に教えてもらえれば、勉強をサボる頻度も少なかったかもしれない。
「それで、私はそれを狩って狩って狩りまくれば、今日の夕食は若鶏のから揚げ?」
「加えてサンドボアのスモーク焼き。控えめに言って究極的美味です」
「美味っ……!!! 究極的美味…………!!!!!」
「ワインがとても合うんです。リヌリラが好きなビールにももちろん」
最高の肉を求める夢は、いずれの女子の心の中にも存在する。
究極とも言われてしまえば、私のやる気はグンと上昇する。
「はぁ、はぁ……狩りたい。今すぐ狩りたい。ルーミル、それを今すぐ見つけてハンティングすれば良いんでしょ?」
「ええ、まあ、そうですが……ただし、いくつか条件がありまして……」
「条件?」
肉を狩るという強い意気込み以外に何が必要なのだろうか。
私は誰にも負ける気はしないぞ。
「そもそも、サウスボアは味が美味しく消費速度が速いことから、生物の絶滅を懸念して、狩猟規制をかけています」
「えっ……勝手に狩っちゃいけないの?」
「無断狩猟は禁固刑です。割と重めな罰則を設けられているくらい、しっかり規制しています」
「え~~~! じゃあ、イノシシ狩ることできないじゃん」
「まあ、普通の方法では禁止されているのですが……これを」
そう言って、ルーミルは私に一枚のコインを渡してくる。
「狩猟許可コインです。超循環士として優秀な功績を残した人にサントボアの狩猟許可が下ります」
「ああ、最近の私は色々と頑張っていることもあるから、評価されるようになったんだろうね」
セーフエリアも数個と開拓してきたし、新人賞的な感じで目をつけてもらえたんだろうね、参っちゃうな。
私はルーミルに(無理やり)洗ってもらった髪の毛を、さらぁ……と空気になびかせながら空を見上げる。
「いえ、これは私の許可コインです。リヌリラは全体的に見れば普通にランク外ですよ。王者がライオンならば、リヌリラはミジンコのフンと同じです」
「……少しでも夢を見た私が馬鹿だったのか」
フラグであるのは分かっているが、さらりと罵倒で叩き潰されてしまうのもメンタルが壊れてしまう要因だ。
「私がやたら強かった悪魔をバカスカ殺すものですから、国がどんどんと許可コインを渡してくるんです」
「……ああ、ルーミルの強さはえげつないからね」
私がここ数日苦戦している悪魔たちでさえ、いずれも数秒で殺せると宣言している。
私の知らないところでは、実は相当の実力者として評価されているのだろう。
本気の戦いを目の当たりにしていないから、どうとも想像しにくいところだが。
「その余った許可コインを使って、サンドボアを狩猟してみてください。そうすれば、今日の夕食は若鶏の唐揚げと、サンドボアのスモーク焼きです」
「なんだ、簡単そう。イノシシを捕まえるのは私の得意分野だし、ルーミルにしては、随分と簡単な条件を提示してきたね」
「……さあて、どうでしょうね」
「……?」
何やら嫌な予感のする反応だが、果たして何があるのだろうか。
……まあ、もしもサンドボア捕まえられなくても、そこら辺の鹿とか捕まえて、こっそりと食せばいいや。
ルーミル程の料理テクは無くとも、岩塩をまぶして丸焼きにすれば、基本はなんとかなるのが肉だ。
しかしながら、この流れの展開は、後ほど想定外の出来事にに遭遇する前触れであることは言うまでもない。
たまには例外を作るという大事さを理解してほしかったところだが、物語の掟は、そう簡単に覆らない事情のようだ。
ルーミルのニッコリとしたその表情は、果たして私の成功を求めているのか、苦痛を見て喜びたいのか。
怯えるままに、背中を押され、メルボルンの南南西の商業エリアへと移動する。
……
……
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