第52話 修羅場の予感?


 遊覧エリアでも特にアミューズメント施設や商業施設が多く立ち並ぶ一角。


 そこにまるでカップルのように仲睦まじく腕を組む一組の美男美女がいた。

 

 パーカにデニム、それからスニーカーとかなり地味な服装姿の男性と、反対に黒リブニットに白のフレアスカート、ショートブーツと一見シンプルながらも本気が窺えるデート服姿の女性。


 察しの通り、祢音とアリアのことである。


 祢音と過ごせることが心底嬉しいといった様子でアリアは満面の笑顔で彼の腕をその見事な物で抱え込み往来を歩いていた。


「おい、アリア。そんなに引っ付かないでくれ。暑いんだが」

「むぅ!久しぶりなんだから、このくらい我慢しなさい!」

「はぁ……(まぁ、俺のせいで結構我慢させてたし、別にいいか)」


 祢音は若干それを煩わしそうにしながらも、仕方ないなといった様子で彼女の好きなようにさせている。


 アリアは言わずもがな誰もが振り返ってしまうような絶世の美女だ。それに、祢音も絶世とまではいわずも野性味の中にも知性を感じさせる端正な顔立ちをした美男である。


 休日のそれも日曜日。休みの日とあってか、遊覧エリアの中でも人通りが多いこの場所でそんな二人が仲良く並んで歩く様は、それはもう周囲の注目を一身に集めていた。――興味、嫉妬、羨望、興奮、邪意といった様々な感情現れる視線をだ。


 だが、そんなことで臆するような二人ではない。


 雑多な視線を軽やかに無視し、商業施設が数多く立ち並ぶ区画にて祢音もアリアも肩を並べて歩きながら、暢気に会話を交わす。


「祢音、いくら何でもデートにその服装は適当過ぎないかしら?」

「別に着れればなんでもよくないか?」

「よくないわよ!まったく……仕方ないわね、じゃあまずは服を買いに行きましょ!私が選んであげるから!」

「別に寮にあるので事足りてるが……」

「そういうことじゃないわよ、もう!祢音も年ごろなんだからおしゃれとか考えなよ!せっかく素材はすごくいいんだから!」

「おしゃれねぇ……強さには関係ないことだから別にどうでもいいんだけどなぁ」

「もう!バカ!アホ!ボケ!毎回毎回強さ強さって!この脳筋め!」


 せっかくのデートだというのに作法というものを理解していない祢音にアリアが怒りを露わにする。


 自分はしっかり見目を整えたというのに、横にいる男ときたら普段着のような適当なコーディネイト。だからまずはふさわしい服装を買いに行くことから始めようというのに、まさかの拒否。


 これはアリアでなくともカチンとくる。


「と・に・か・く!グダグダ言わず、私についてきなさい!まずは服装を整えるわよ!」

「……はぁ、仰せの通りに」


 結局ぷんすかと怒るアリアに引っ張られ、二人はまずアパレルショップを目指すのだった。




 ♦




 祢音達がデートを開始したとほぼ同時刻。


 とあるアパレルショップの婦人服売り場にて。


「命……急に助けてほしいって言われたから慌てて来たけど、まさかただの買い物って……」

「……ん、ご、ごめん」

「いえ、別にいいんだけど、普通に買い物に付き合ってほしいって言えばよかったのではないかしら?」

「……あう、こ、こういうの初めてで、緊張した……」


 冥は命に誘われ、彼女との買い物に付き合っていた。


 同性の友人と過ごす初めての休日。ただ冥を誘うだけで携帯情報端末を前にして小一時間悩んでいたのだが、いざ誘うとなる時にも変な緊張が入り混じり、結果SOSサインで彼女を盛大に焦らせたのは命にとって痛恨の失敗であった。


「……はぁ、まぁ別にいいわよ。私も少し勉強や鍛錬がてらの息抜きがしたかったし。ちょうどよかったわ」

「……ん!ありがと冥」


 だが、冥自身そのことに対してはあまり気にしていなさそうであったことに命もほっと胸を撫でおろす。


 そんなこんなの命ちゃんの一大決心!……とまぁ、少し大げさかもしれないが彼女の勇気を出したお誘いで、現在二人はどこにでもいる女学生のように衣服選びや試着を楽しんでいた。


 二人ともあまりオシャレやファッションというものに興味なさそうな印象を持つが、それでもまだ十五歳の少女達である。本能とでも言うのか身だしなみや容姿には気を遣うお年頃なのだ。


 そんな二人が服選びや試着などで時間を費やして、一時間くらい経った時だろうか。


「あら?あなたたちは……」


 と唐突に背後から女性に声をかけられたのは。


 その声に振り返った冥達の視線の先。そこに立っていたのは学園でも有名な焔魔紅音と焔魔朱音――焔魔家姉妹の二人だった。


 冥も命も二人のことは知っている。


 紅音は冥が志望する風紀委員会の委員長であるし、朱音は同学年の新入生代表だ。命も中等部の頃から有名だった二人のことはよく耳にしていた。


 しかし、知人や友人といった関係ではなく、お互い話したこともほとんどなかったためか、姉妹にいきなり声をかけられたことに冥も命も少なからず驚いていた。


 そんな二人の反応を他所に、紅音は冥と命を知っていたのか、


「確かあなた、風紀委員会の役員試験本選に出ることが決まった一年生よね?それに、そちらは白雪家のご令嬢の……」


 紅音が自分達を知っていたことに冥は意外さを感じるも、態度にはおくびにも出さず、丁寧に頭を下げて自己紹介をする。


「はい、暗条冥と申します。よろしくお願いします、焔魔委員長」


 続くように命も普段通りマイペースな調子で、


「……ん、白雪命。よろしく」


 と名前を名乗った。


「どうやら私達のことは知っているようだけど、一応名乗るわね。私は焔魔紅音。よろしくね。で、こっちが……」

「……焔魔朱音よ」


 二人の自己紹介に対して、しっかりとあいさつを返した紅音。対照的に朱音の方は素っ気ない態度で冥達を一瞥すると、すぐに興味を無くしたかのようにそっぽを向いた。


「どうしたの?朱音」

「……別にいいでしょ」


 紅音が彼女の態度を怪訝に感じて尋ねるも、朱音は一顧だにしない。久々の自分との買い物で先ほどまではいつもよりも高いテンションだったはずなのだが……。


 急に機嫌の悪くなった自分の妹に紅音は首を傾げるも、まずは身内の礼儀を、と二人に謝罪した。


「二人とも、妹が悪いわね」

「いえ、大丈夫です」

「……ん」

「ありがとう。……ところであなた達も買い物で来たのかしら?」

「はい。焔魔委員長達もですか?」

「ええ、少しだけ暇ができたから朱音の付き添いでね」


 先日の襲撃事件によって街や学園の警備がより強化されたことによって、当然のごとく学園の治安を司る風紀委員会の仕事も増えた。事件後の処理や学園防衛のための対策や増強、来週に迫る試験や役員試験の準備などなど、学生だというのにここ最近まではかなりハードなスケジュールだったというわけだ。


「そうでしたか……」


 冥が納得したように頷きを返すと、そこで会話の接ぎ穂を無くして手持ち無沙汰のように四人の間を沈黙が覆った。


 冥はもともと社交性のある性格ではないし、焔魔姉妹とは知人でも友人でもない。数度会話を交わせばおのずとこうなることは自明の理だった。命は命で普段から無口に近いので、言うまでもない。


 姉妹も本来は社交性が高く明るい性格なのだが、妹の方は見る限り機嫌が悪くて口を開きそうにはないし、姉の方も実は二人に聞きたいことがあって呼び止めたのだが、踏ん切りがつかなくて口をまごまごさせながら悩んでいた。


 無音の時間が四人の内に流れる。


 命はマイペースに、朱音は我関せずといった調子で無視を決め込み、冥と紅音は若干気まずい様子で視線を彷徨わせる。


 周囲の客や店員の掛声が判然と聞こえ始めるようになった時。


 意を決して紅音が本題のために口を開きかけた。


「ねぇ、あなた達ねい――」


 が、紅音の言葉は最後まで言い切る前に違う方向から聞こえてきたある人物の名前で止められることになる。


「見てよ!この服とかどうかな?」

「あぁ、いいんじゃないか?」

「もう!ちゃんと見てるの?なんか返事が雑っ!」

「見てる見てる。すげぇかわいいよ」


 それは、四人の今いる服のコーナーから少し離れた場所にて聞こえてきた声だった。


 紅音が話を聞きたかった人物の名前にその当の本人の声。


 当然驚きで紅音は慌てて声の主の方に振り返る。残りの三人にも声はしっかり届いていたのか、見知った名前と聞き覚えのある声に吃驚した様子で顔を向けた。


 案の定というか、予想通りというか、そこにいたのは祢音とその義母であるアリアの二人。すでにいくつかの買い物を終えていた後なのか祢音は複数の紙袋を手に持ち、疲れた様子でアリアの意見に答えを返していた。


 休日のそれも婦人服売り場での遭遇。


 突然のことに冥や紅音、朱音は固まる。

 

 こういう時声をかけていいのか悩む冥に、祢音との間に溝があるため困惑する紅音、そして苦虫をかみつぶしたような表情で祢音を睨む朱音。だが、そんな中でのほほんと呑気な少女が一人――命である。


「……祢音」

「あ?……命?」


 彼女は三人の反応など知らんっ!とばかりにテクテクと祢音に近づくとその背中をちょんちょんと引っ張って、声をかけた。


 振り向いて命に気が付いた祢音はさらにその奥にいた冥達の存在にも気が付く。


「それに暗条と……焔魔」


 できれば会いたくない二人がそこにいたことに祢音は顔を顰めた。


 祢音が振り返って冥や命達の存在に気が付いたタイミングと同じくして、アリアも彼女たちに気が付く。そして、視線を鋭くして冥達を睥睨した。

 

「あれ、祢音?お友達かな?」

「……あぁ」

「ふ~ん?」


 冥達とアリアの初邂逅はこうして始まった。



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