第51話 最強への挑戦Ⅱ


 破魔の力を宿したアノリエーレンを構え、祢音はまたも縦横無尽に駆けだし、アリアと斬り結び始めた。


 変幻自在な機動に荒々しいまでの心想因子オドの暴風はすべての魔法を切り裂く破魔の力。加えて、常人には視認すら難しい祢音の速力。


 今、彼らの戦いを見た者がいたのならば、おそらくはアリアを中心として嵐が巻き起こっているように見えることだろう。


 アリアが向く方、向く方に、祢音が一瞬現れては、二人の間で火花が散る。


 時間が経つごとにその激しさを増し――気が付けばアリアは防ぐだけでなく、回避行動が目につくようになり始めた。つまり、それは祢音の攻撃が少しづつだがアリアへ届き始めているということだ。


 剣だけでは手が回らない祢音の攻撃は先ほどまでならば、空間魔法の障壁を用いて防ぐことができた。しかし、その難攻不落の空間魔法の障壁も破魔の力の前では易々と切り裂かれてしまい、あとは身を捻って躱すしか手がない。

 

 段々とだが、アリアを圧倒し始める祢音の手数と高速機動。


 周囲に響き渡る金属音に、削られていく空間魔法の障壁。


 破魔の力で散っていく心想因子オド現象粒子マナの残滓が二人の間を舞う光景は何とも幻想的で美しい。


 そんな激しくも華々しい攻防が何度か続いた時。


 ――今日初めてアリアが祢音から距離を取った。


 胴を薙ぎ払う豪快なアノリエーレンの斬撃に空間魔法の障壁も蹴散らされ、その場での回避も間に合わないと判断したアリアが大きく後ろに後退したのだ。


 距離が開いた二人の視線が交錯する。


「……不動の山がやっと動いてくれたか」

「躱されたというのにずいぶんと嬉しそうね、祢音」

「当たり前だ。今のこの状態・・でもアリアに大きく回避行動を取らせることができたんだ。少しは成長した実感が持てる」

「……確かに通常状態・・・・で私がここまで後退させられるなんて初めてのことね」


 少し感慨深げにアリアは言葉を零した。


 以前の祢音では奥の手を除いた力だけではアリアの防御を突破し、大幅な回避を選択させることはできなかった。単に魔法以外の技術でも大きな差があったからだ。


 けれど、ほんの二か月間。その短い期間で祢音はずいぶんと力をつけた。技術はもちろんのこと、その心も。


 心想因子オドの操作技術の向上、柔らかくも激しい刀捌き、虚のつき方。破魔の力だけではない。戦いぶりを見ていればそれらの変化は十分に分かる。


 山籠もりだけでは得られなかった多感な経験がきっと祢音を成長させたのだろう。


 愛息子の成長ぶりにアリアは喜び打ち震えた。


「ふふ、いくつになってもっやっぱり息子の成長は嬉しいものね。断腸の思いだったけど、外の世界に送り出したのは間違いじゃなかった」

「……確かにこの学園に来れたのはよかったと思ってる。初めて友人もできたし、アリア以外の強者とも出会えた。知らないことばかりの経験だった。……でも、まだまだだ。俺はこんなもんで終わるつもりはない。絶対にアリア、あんたに追いついて、そして追い越す!」

「ふふ、そうね。きっと祢音だったらできるわ。だから……きちんとついてきてね?」

 

 アリアの纏う空気がまた一段と変わる。


 物理的に身体を押しつぶしてくるかのような圧迫感。彼女の体から迸る尋常でないプレッシャーに意図せず、祢音は後ろに一歩足が下がった。


(……来るか?)


 視線の先、微笑するアリアを警戒した瞬間――


「ガッ!?」


 ――祢音の立っていた場所が唐突に爆ぜた。


 突発的な魔法発動。当然のようにその場に立っていた祢音も巻き込まれる形で吹き飛ぶ。


(ッいきなりすぎだろ!?)


 分かっていたが、やはり別格の魔法技術。


 発動兆候をなにも感じ取れなかった。


 魔法は位階が上がるにつれ、通常は発動兆候が大きくなる。イメージ補完のため詠唱が長くなったり、心想因子オド現象粒子マナの動きが活発になったりと隙とでも言えばいいのか、そう言った前触れが増えるのだ。


 戦闘ではでそういったことが隙にも繋がりうる可能性があるため、それを極力減らすために詠唱破棄や無詠唱といった技術が生み出された。それでも少なからずの心想因子オド現象粒子マナの動きという兆候があったりする。


 しかし、アリアの魔法にはそれらが何一つない。


 別に完全に兆候がないわけではない。ただ単に、他者とは魔法の扱いの技術レベルが違うのだ。


 彼女が使う魔法は当然のようにほとんどが無詠唱。加えて心想因子オド現象粒子マナの隠蔽技術も抜きんでている。


 魔法師同士の戦いは魔法が発動するまでのコンマ数秒の兆候、そのを見切ることも大切な要素の一つ。それによって対処の仕方も変わってくる。


 が、アリアと対する場合は違う。彼女の発動する魔法はいわば、すべてが見えない一撃。兆候を読んで対策するということができないのだ。


 空中で痛む体を立て直しながら、祢音は相変わらずのアリアの魔法の技術力の高さに渋面を作った。


(やっぱ厄介極まりないなアリアの魔法は。発動兆候がまったく感知できなかった。たぶん空間属性なんだろうが……)


 祢音の勘は当たっている。


 アリアが今使った魔法は系統外属性『空間』の初級魔法である。それも単純な原理のただ空間を圧縮させてから、それを一気に解放して爆発を引き起こしただけの魔法。


 けれど、それが位階の低い初級魔法でもアリアの魔法技術力が合わさるとどうだろうか?


 ただでさえ祢音がアリアの魔法の発動兆候を読むことは難しいというのに、それが低位階となればなおさらのこと。威力は低くとも、対応が難しく連発も可能な低位階の魔法はある意味一発の高位階の魔法より厄介だろう。


(さて、ここからが正念場だな。どうするか……)


 ようやくアリアに足と攻撃魔法を使わせたはいいが、逆にそれは勝利への道がより困難になったに等しいこと。

 

(まぁ、いつも通りやるか。こんなのアリアと戦う時はいつものことだし)


 だが、結局は深く考えることを止めた。


 今回、自分の実力が僅かながらでも伸びていたことを確認できたはいいが、それでも未だ彼我の実力差は大きい。


 だからこその初志貫徹の精神。祢音がずいぶん前に設定した目標、”アリアに一撃でも攻撃を入れる”を達成させるため力を尽くす。絶望的だからと言ってすぐに諦めていたのなら、彼は今ここに立っていないのだから……。


 


 ♦




 祢音の意識が目覚めたのはちょうど太陽が真上にまで昇った時のこと。


 後頭部に柔らかな感触を感じて、ゆっくり目を開けると、眼前に自分のことを覗き見るアリアの顔が映った。

 

「アリア?」

「ふふ、ようやく気が付いたのね。全く寝坊助さんなんだから。それより体は大丈夫?傷はすべて治したから平気だと思うけど……」


 祢音を膝枕しながら、アリアは起きた愛息子を見てほっと安心したような笑みを浮かべると同時、心配げに体を労わりだした。


 目の前の彼女をぼんやりとした眼で見つめていた祢音だが、しばらくすると朦朧とした意識が明瞭になっていく。


 祢音が最初に思ったことはまたも目標が達成できなかったということ。


 悔しそうにポツリと言葉を零した。

 

「そうか……まだ遠いか」

「そんなことはないわよ。今回は私もさすがに危なかったんだから。最後は久しぶりに本気を出してしまったしね。十分祢音は私に近づいてるからそんなに落ち込まなくても大丈夫よ」

「本気って……そういえばこここんなに広かったか?」


 体を起こした祢音は周囲の風景が少し変わっていることに気が付く。


 ここらは木々に囲まれた小さな広場だったはずだが、今はその木々などが丸々消えて無くなっており、ただの閑散とした平坦で何もない土地になっていた。


 祢音の疑問にアリアはまるで図星でも突かれた様な声を出す。


「うっ!?」

「おい。そういえば意識が無くなる直前の記憶がうまく思い出せないんだが……アリア、あんた一体何をしたんだ?」


 怪訝に思った祢音が睨みながら指摘すると、


「い、いや、こ、これは……そ、その……」


 親に悪いことが見つかった子供のようにアリアは口をもごもごさせながら言い淀んだ。


 しばしの間、祢音はジトーっとした視線を彼女に向け続ける。


 すると、それに堪えきれなくなったのか、逆切れするかのように責任転嫁を祢音になし付けた。


「し、仕方ないじゃん!だって祢音が思った以上に強かったんだから!」

「いや、俺のせいにされても……どういう風にやられたか記憶にないんだが、アリアならもう少しやりようはあっただろ」

「無理よ!だって今回の模擬戦では賭けた物が物だったんだから私も力が入ったの!」

「賭けた物?……ああ、一緒に街に出かけるとかいうやつのことか」


 アリアの言葉で祢音は彼女との模擬戦前にした賭け事のことを思い出す。模擬戦中に祢音が一撃でも攻撃をアリアに入れることができなければ、今日の午後の半日は彼女と街に出かけるという賭け事を。


 要するにデートの取り決めだった。

 

「そうよ!滅多にできない息子とのデートなのよ!それをこんなところで取りこぼすわけにはいかないでしょ!それは力が入るってものよ!」

「そんな誇らしそうに言われても困るんだが……」

「とにかく!賭けは私の勝ちよ!だから祢音!午後は私とデートね!」


 ふんす!と鼻息荒くアリアは力強い宣言をかます。


 確かに結局はアリアに一撃すら入れずに敗北したのだ。約束は守るべきだろう。


「はぁ……わかったよ。一度寮に戻ったら、街に行こうか」

「やったぁ!祢音愛してる!」


 デートを承諾した祢音にアリアは嬉しそうに抱きつく。なんだかんだ言ってアリアには甘い男なのだ。


 喜びを露わにするアリアを見て、安請け合いだったが、別にいいかと気分を一新する祢音。


 だが、数時間後に祢音はこの安請け合いを後悔することになるのだった。



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