第45話 鍛錬Ⅱ
実は炎理と命の二人も冥との特訓に付き合う形で一緒にトレーニングに参加していた。
冥の折檻を受けた後、きちんと勘違いを正された炎理が、自分も二人の特訓に参加したいと申し出たのだ。さらには試験前でのクラブ休止期間のためここ最近一緒に帰ることが多かった命も祢音が誘った。
ちなみに今日が初見だったりする冥と命。
お互いあまり喋らないタイプだからか、初対面時には、
『暗条冥よ。よろしく』
『……白雪命』
とあまりにも簡素過ぎる自己紹介で終わったのは記憶に新しい。
そんな一幕もあって――
現在、祢音の視線の先、少し離れたそこでは炎理と命の二人が未だ熾烈な戦いを繰り広げていた。
教科書のお手本の命の刀術に対し、炎理の格闘術は大雑把で雑だ。理詰めのように命の刀術が炎理を追い詰めようとするも、野生の勘とでも言うのか、予測不能な動きが命を翻弄する。
一進一退の攻防の中、炎理の篭手型MAW【
互角の状況に見えるが、どうやら炎理の方が分が悪いようだ。二人の姿をよくよく見てみると、炎理の体には幾重もの刀傷ができているが、対して命に傷らしい傷はない。
さらには身体強化の技術でも負けているからか、今も鍔迫り合いで若干押され始めていた。
にもかかわらず、その最中で炎理は命に軽口を飛ばす。
「やるなぁ!命ちゃん!」
「……これでも内部生」
「へへ!そうだったな!俺らなんかより三年もアドバンテージがあるんだもんな!強くないわけないか!」
「……当然。こんなの序の口」
「へぇ!そうかい!じゃあ、本気で行くぜぇ!命ちゃん!
膠着状態から先に動き出したのは炎理の方だ。近接戦闘では命に分があると感じた炎理はついに魔法を解禁した。
近距離から第一位階の火魔法【
命は迫りくる熱の塊に対して、咄嗟に後ろに後退して躱して見せる。
そんな命に対し、
「まだまだ行くぜぇ!燃え上がれ俺の
炎理はすぐさま追撃に打って出た。
一瞬で周囲に展開した十五発ほどの火炎弾。以前冥が風紀委員会の役員試験であるバトルロイヤルで戦った上級生と比べるとそのサイズは拳大ほどで小さいが数が違った。
素早い命に対して手数で攻める選択を取ったのだろう。
炎理が命に右手を向ける。
その合図が一斉放射の始まり。
炎理の周りを漂う火炎弾が命に殺到した。
「……ん!」
しかし、小さな気合の声一つ。
迫る火炎弾の数々に命は冷静に体捌きと剣術で対処する。ある火炎弾は華麗に避け、ある火炎弾は手に持つ桜吹雪で真っ二つに。
その所作は洗練されており、身体強化の技術はかなり丁寧だ。基礎の土台がしっかりしていなければあれほどの動きは見せられないし、
属性がわからないために魔法が使えないというハンデがあるにもかかわらず、命は腐らずに努力をしてきたのだろう。
家族の期待を裏切らないために……。家族の期待に応えたいがために……。
炎理が発動した火炎弾が全て消えたのに、そこまで時間はかからなかった。
「これを全て凌ぐか!じゃあ、これならどうよ!燃え上がれ俺の
両手を突き出し、命に照準を合わせて唱えた魔法。そこに凝縮した火炎が集まり、形を作る。段々と、段々と、体積は増大し、結果炎理の眼前にバスケットボール大ほどの球体が出来上がった。
「数がダメなら威力でしょ!食らえ!
第三位階魔法【
威力より攻撃数を重視した火炎弾とは対照的に火炎砲は一発の威力を重視した魔法である。
火炎弾がサブマシンガンだとすれば、火炎砲はスナイパーライフルといったところか。一撃の威力は比べるべくもないだろう。
地に生える草花を焼き進み命に迫る火炎砲。高速で迫りくるそれに命は肌を刺激するようなチリチリとした熱さを感じていた。
(……当たったら痛いかも……でも避ければいいだけ)
迫りくる火炎砲を眺め命は暢気にもそんなことを思う。
高速とはいっても避けられない速さではない。しかも先の火炎弾とは違い数もたった一つ。横に反れるだけで炎理の魔法は彼方に消えることだろう。
一瞬のうちに思考を完了させた命は行動を起こした。横にステップすることで火炎砲の射線からずれる。それで終わり――のはずだった。
「……!?」
だが、それくらいで簡単に終わるほど炎理も甘くはなかった。
「ふっふっふっ!俺だってバカじゃないぜ命ちゃん!素早い君にただ一発の威力重視の魔法を放つわけないじゃないか!その火炎砲は追尾をイメージして発動したのさ!当たるまで命ちゃんを追いかけるよ!」
得意げに語る炎理の言う通り、彼が発動した火炎砲は横にステップを踏んで避けたはずの命に、まるで磁石でもついているかのように、吸い寄せられて追いかけ始めた。
「……むぅ」
小さく唸るようにして地を焼き進む火炎砲から逃げる命。横にステップしようが、空中に逃げようが、遮蔽物を使い撒こうが、炎理の火炎砲はどこまでも命を追いかけた。
しばらくは追いかけっこの時間が続く。が、命はこのままではじり貧に思ったのか、桜吹雪を構えると、炎理に突進を敢行した。術者である炎理を倒せば、火炎砲も消えると思ったのだ。
確かにその理屈は正しい。魔法発動の術者が意識を失えば、当然魔法も効力が切れて、消えてしまう。だから、持続効果の長い魔法への対処の一つとして術者を狙うのは正しかった。
が、それに対する対抗策を考えていない術者はいない。炎理も当然のように命が自分を狙いに来る可能性を考えていた。
「やっぱり俺に来るか!ま、わかってたけどね!むしろそれを待ってた!燃え上がれ俺の
「……っ!?」
だからこそ、炎理はそれを狙っていた。素早い命の足を封じるその瞬間を。自分を囮に使ってまで命を閉じ込めるための檻を。
最初は炎理と命の中間を分かつように火炎の壁が現れる。次第にそれは横に、更には上へと広がりを見せると、果てには命を囲むように火炎は広がり続け、そして最後には命を捕らえる一つの檻となった。
追尾していた火炎砲もいつの間にか消えている。それを見るに炎理は命を捉えるためだけに今までの段取りを組んだことが窺えた。命はまんまと炎理の策に嵌ったというわけだ。
疲れたような呼吸を漏らすも、炎理はしたり顔を浮かべた。
「はぁはぁ、さすがに火炎弾をぶっ放した後に、連続で第三位階の魔法を二つも使うと少し疲れるな。……けど、捕らえたぜ、命ちゃん!」
「……むぅ」
炎の檻に囚われた状況に、命は「抜かった、私の未熟者!」とでも言いたそうな不満顔をさらす。
周囲を見て抜け出す方法を探ろうとするが、そんな悠々とした時間を炎理が与えるわけがなかった。
炎理が最後の仕上げに入る。
唱えるのは自分が使える魔法の中でも最高位階の魔法。
炎理は
「これで終わらせる!燃え上がれ俺の
――詠唱の後、命を閉じ込めていた炎の檻を飲み込む形で火炎の竜巻がこの小さな広場に現出した。
♦
ところ変わって、少し離れた場所で観戦をしていた祢音と冥。
「……何なの?あのニワトリの魔法の詠唱は?自分に酔っているのかしら?そういえば以前自分のことを絶世のイケメンと評していたし……ナルシスト?気持ち悪いわね」
二人の模擬戦を見ていた冥の口からそんな感想が飛び出す。明け透けならないその感想に祢音は苦笑いを零した。
「まぁ詠唱ってのは魔法のイメージを補うためのものだからな。一応お手本の形は存在するが、大体の魔法師やそれを目指す者達は自分に合ったものを模索するから独創性のあるものがあっても不思議じゃないさ」
「それにしてもあのニワトリのは無いわね。おまけに抽象的。よくあれで属性のイメージが固まるわね。何が俺の
よほど炎理の詠唱のフレーズがお気に召さなかったのか、それともただ単に相手が炎理だからなのか、冥は腕を摩るようにして寒そうな仕草を見せる。
確かに冥の言う通り、炎理の詠唱には属性の具体性がなく、イメージしにくい印象があるのは否めなかった。
通常、魔法の詠唱はその魔法を発動するのに必要なイメージを効率的に形作るために考えられたものである。難しく表現するならば、詠唱は魔法の発動に必要なイメージを言霊に変え、世界に訴える祝詞なのだ。
だからこそ、イメージを固めやすくするためにも詠唱のフレーズには具体性のある言葉を使うことが多い。
例えば、火属性の場合。
詠唱のフレーズには”火よ”や”炎よ”といった直接的な言葉を入れることが多い。これはどの属性も似たようなもので、その方がイメージが固めやすいからだ。
他にも属性ではなく使いたい魔法の系統の場合。
例えば、弾丸系統の魔法を発動したい場合などでは”撃ち抜け”や”穿て”というフレーズを使うことが多い。これは主に銃弾で敵に風穴を開けるようなイメージから連想させた言葉だ。
その他にも弾に回転を加えて威力を増強したい場合などはそれを連想しやす具体性のある言葉を入れたり、弾が爆発するようなイメージに”爆発せよ”と直接的な言葉を加えたりと、詠唱はその人次第で千変万化のように変わっていく。
中には詠唱破棄や無詠唱と言霊を必要とせずにイメージを世界に反映させる高等技術もあるが、それはいいだろう。
とにもかくにも祢音はこの場に炎理がいなくてよかったと思った。聞いてたら聞いていたで確実に二人の喧嘩が勃発して、祢音がそれを止める羽目になっていたであろうから。
「ハハハ……相変わらず炎理には厳しいことで。あんま喧嘩しないでくれよ?」
「ふん!それはあのニワトリ次第よ」
苦笑を深める祢音に冥は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
そんな時だ。
この小さな広場の気温が急激に上昇し、視界の先、炎理と命が戦うところで火炎の竜巻が現れたのは。
「あれは火属性第四位階の
突如発生した火炎の竜巻に冥は驚いた様子を見せる。自分とは違う属性の魔法にもかかわらず、それをすぐさま言い当てる冥は、さすが博識だ。
「……」
対して祢音はというと、ただ無言でジーっと火炎の竜巻に視線を向けていた。観察するように命の閉じ込められた中心点を一心不乱に凝視している。
二人が二人とも別々の反応を見せる中、冥が誰にともなく独り言のように呟いた。
「……さすがに終わったかしら?」
決着を予期したのかもしれない。確かに、普通なら火炎嵐に巻き込まれて、無事で済むとは考えづらい。加えて、命は魔法が使えないのだ。身体強化だけであの嵐の中を乗り切ることはほぼ不可能だと思われた。
「どうかな?」
だが、祢音は違ったようだ。
「え?一体どう――」
返事を期待して言ったわけではないのだろう。だから虚を突かれたように祢音から返ってきた返事に、冥は思わず横を見た。
その顔からは祢音の言葉の真意を測りかねている様相が如実に表れている。
けれど、祢音に真意を問うより先に気が付けば炎理と命、その二人の模擬戦の状況が動き出していた。
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