第34話 祢音の力Ⅰ


 遡ること少し前。


「理よ、無に帰せ!アノリエーレン!!」


 祢音が発動した力。


 莫大と言ってもいい量の心想因子オドを吸収したアノリエーレンから迸る圧倒的な波動が空間を震わせる。祢音は視線を異形に移し、それを振り下ろした。


 練り固められた心想因子オドの斬撃が異形達に向かって解き放たれる。それは物理的奔流となって異形達に襲い掛かった。


 カッ!


 迸る強烈な光。見ていた多くの者達が反射的に目を覆うように隠す。


 激しくも眩しいが、決して不快には感じないその光は、ただ操られるようにして前進してくる異形達を優しく包み込むように、覆いつくした。


 そして、光は死神の戯れエレ・ニグラ・ルーデリアの魔法の核を吹き飛ばし、爆発させることなく、無理矢理異形に変えられた生物たちを安寧の道に帰した。


 一振りで、数体の異形を機能停止にさせた祢音。爆破は起きず、ただ眠るようにして倒れる異形達の顔はどこか安らかだ。


「次!」


 さらに続けるように、別方向から向かって来る異形にアノリエーレンを薙ぐ。先ほど同様、アノリエーレンから放たれた眩い斬撃のような光は直進するように異形達に当たり、彼らを動かす魔法の核を吹き飛ばす。


 そこから数分と経たずに、祢音は闘技場付近に現れたすべての異形を完全に無力化した。気が付けば、辺り一帯には大量の異形達が機能を停止させ、倒れ伏している。


 一瞬で去った脅威に周りは小さな静寂に包まれていた。祢音の連れである炎理や命、さらには一般市民やそれを警護している警備員など、誰も彼もが言葉を発せず、驚きから目を見開いて祢音をまじまじと見つめている。


 そんな中、初めに再起したのは一番近くでその力を目の当たりにしていた炎理だった。


「お、おいおい!祢音!な、なんだよ今の!」


 驚愕を露わに、警戒を解き息を整える祢音に早足で近づいてくる。それに対し、祢音は申し訳なさそうに言葉を紡いだ。


「……それはまたあとでいいか?今はまだやらないといけないことがあるし」

「あ、ああ。そうだったな!こんな状況の中、聞くことじゃなかった!わりぃ!少し驚いちまってよ!」

「いや、見たこともない力を見れば気になるのはわかるから。終わったらあとで説明するよ。それよりも脅威はまだ残ってる」

「え?」


 祢音は明後日の方角に顔を向け、視線を鋭くする。肌を突き刺すような殺気や耳に届く悲鳴、必死に奮闘する数々の声、轟く爆音。


 実は異形が現れたのは闘技場付近だけではない。武蔵学園全体に謎の異形生物が現れ、襲撃をかけているのだ。そのことを祢音は五感を強化し、察知していた。


 そして駆け足で近づいてくる見知った気配にも……。


「風紀委員です!大丈夫ですか……って、え!?」

「なにこれッ!?」


 焦ったような雰囲気で駆け寄ってきた二人の人物は先日再会したばかりの実姉と実妹である焔魔紅音と焔魔朱音。


 風紀委員と書いた腕章をつけた紅音と朱音は周囲の状況を確認すると呆気にとられたように目を見開いた。


 紅音はすぐに状況確認するため近くにいる人物に尋ねようとして、この惨状の中心に自分の弟である祢音がいることに気が付く。


「ね、祢音……これはいったい……?」

「……」


 動揺もあるだろうが、それよりも先日の一方的に切られた別れ方のせいもあり、恐る恐るといった様子で尋ねてくる紅音。祢音は会いたくない人物達との遭遇に少しばかり舌打ちをしたい気分に陥った。


「あんた!これはいったいどういうことよ!答えなさい!」


 姉の質問に答えない祢音に対し、妹である朱音が憤然と突っかかってくる。


 威張り散らしたようなその言葉に、祢音はイラっとするが、状況を考えるとそんな場合ではないと怒りを押さえつけた。


「俺がやった」

「は、はぁ!?ふざけないで!あんたにそんな力があるわけないでしょ!本当のことを言いなさいよ!」

「信じられないなら別にいいが、それよりも今はこんなことをしている場合じゃないと思うんだが?」


 祢音は至極真っ当な言葉を自分に噛みついてくる実妹に言い聞かせる。だが、納得できなそうに朱音は引かなかった。


「逃げる気ッ!」

「逃げるも何も、今の状況がわからないのか、焔魔・・?」

「!?」


 突き放すように、祢音は苗字を強調する。それはこの国の魔法師社会でトップを誇る八家の一員なのに今が緊急事態だと気付けないのかという皮肉。さらには祢音自身、意識してはいないが、もう昔とは違うという完全な決別を表す意味合いが込められた苗字呼びだった。


 朱音は祢音の意思をある程度は理解して、少し俯き気味に唇を噛み締めた。そしてすぐさま顔を上げ、敵意のにじんだ視線を祢音に向け、さらに言い繕うように言葉を紡ごうとして、


「止めなさい!朱音!祢音の言う通り、今は追及をしている場合じゃないわ!」

「うっ!ご、ごめんなさい、姉様」


 姉の紅音に一喝され、シュンととその怒気を引っ込めた。


 素直に自分に謝罪する朱音を紅音は一瞥すると、祢音に向き直る。


「周りの反応を見る限り、この状況を祢音が作ったのはわかったわ。どうやって爆発もさせずに、すべてを倒したのかは聞かない。今はそんな状況でもないから。ここ以外にもまだ、学園で同じような生物たちが暴れているの。だから、あなた達は一般市民達と一緒に二つの体育館まで避難しなさい。あとは風紀委員が対処するわ」

「……」


 悠然とした立ち姿で、凛々しく、力づよく、安心感を与えるように、そう話してくる紅音に祢音は意外感を覚えた。記憶にある最後に見た自分を心底見下した姿と今の彼女の姿が似ても似つかなかったからだ。


 思わず返す言葉が見つからず、少しばかり固まっていると、


「あ、あの!お、俺達は何もしなくていいんすか?」


 隣にいた炎理がおずおずと手を上げ、会話に入ってきた。


「君は……?」

「祢音の友達の火野炎理って言います!よろしくお願いします!」


 紅音に尋ねられ、緊張したように自己紹介をする炎理。なぜか敬礼までつけている。


 それを見て、紅音は少しおかしそうに微笑むと、言葉を返した。


「そう、火野君ね……君たちはまだ新入生ということもあるし、あまり実戦慣れしていないはずよ。だからここは風紀委員会に任せなさい」

「で、でもあいつら攻撃すると爆発するんすよね?数も多いし……風紀委員会だけで足りるんすか?」

「ふふ、風紀委員会を舐めてもらっては困るわ。私達はこの学園の中でも精鋭。攻撃すると爆発する?数が多い?それくらいのことで――」


 瞬間、まだ紅音の言葉の途中だった。


 突如、少し離れた西の方向で、上空に吹き飛ぶ何体もの異形がこの闘技場付近にいる全員の目に確認される。そして、それらが残らずすべて綺麗に爆発して散っていったところも。


「――私達がやられるわけないわ。だから、ね?」

「は、はいっす……」


 まるで計ったかのようなタイミングでの宣言に炎理は圧倒されるように頷いた。


「ここは祢音のおかげで終わったようだけど、まだ危険かもしれないから一応もう避難した方がいいわ。私達は周辺の調査に向かうから、急いでね!行くわよ!朱音!」

「は、はい、姉様!」


 そう言って、紅音は朱音を連れ早々に離れていった。


 走り去る後姿を見送りながら、祢音は少し複雑な心境を抱く。


 紅音は自分を切って捨てた側の人間のはずなのに、なぜああも分け隔てなく接してくるのか。


 もっと陰湿で残酷なエリート思考の人ではなかったのか。


 再会した当初もなぜあんなにも自分に親し気な視線を向けてきたのか。

 

 様々な感情が渦巻くように祢音の心を支配する。考えれば考えるほど余計わからなくなった。


 そんな祢音に炎理が声をかける。


「俺達も言われた通り避難しようぜ!祢音!」


 深く考え込んでいた祢音はその声によって、正気に戻った。


 先ほど自分が言ったように今は緊急事態なのだ。元家族たちのことを考えて、ここで立ち止まっている場合ではない。


 学園で暴れている異形達の問題が残っている。しかも、それだけでなく、祢音には殺気立てて消えた冥のことも気がかりだった。


 そして今、学園の方はちょうど風紀委員会が対処してくれている。自分達は戦わずに避難を優先されていた。


 渡りに船だ。


 本当だったら、祢音はすべての異形を潰してから冥を追いかける気でいた。だが、風紀委員会がこの学園を守っていれば安心できる。


 悪いとはわかっていたが、祢音は避難する前に自分の心配事を片しに行こうと考えた。


 警備員と一緒に一般市民の避難を急ぐ炎理と命を見やり、祢音は呼びかける。


「炎理!命!悪い!先に行っててくれ!少し用事を片付けてくる!」

「え!?ちょ!?祢音!?」

「……ん!?」


 炎理と命の静止の声も聞かず、祢音はそのまま闘技場に背を向け、走り去っていった。



 

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