第21話 暗雲立ち込める
「あっれぇ?落ちこぼれが誰かと一緒にいるなんて珍しいな!何してんだよ?」
三人が次のクラブ活動の見学に向かっている最中、その声は響いてきた。
軽蔑の色を多分に含んだ言葉が、明らかに祢音達の内の誰かを狙いすましたかのように飛んでくる。
それに、祢音と炎理はピクリと反応し、声のした方に振り向いた。ただ、命だけは、なぜかその声を聞いた瞬間、びくりと怯えるように体を震わせ始めていた。
振り向いた先にいたのは二人の男子生徒。一人は水色の髪を後ろで束ねるように結んだ、中性的な容貌の男。もう一人は、菖蒲色の髪を短く切りそろえた傲慢そうな笑みを浮かべた、大柄な男。
祢音は片方の人物に見覚えがあった。
「き、貴様は!?無道祢音!」
「……碓氷だったか?」
そう。その一人は以前闘技場で起こった騒動で、祢音が
まるで憎い仇を見つめるような視線に、祢音はずいぶん嫌われたもんだと苦笑を浮かべる。確かに碓氷からしたら、自分をコテンパンに倒した相手なのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
祢音も当初は碓氷に友人を侮辱され、怒りに支配されたが、今は何とも思っていない。すでに徹底的に倒すという仕返しも済んでいるため、本当に祢音にとって碓氷はどうでもいい他人だった。
碓氷が祢音を知っているかのような声を上げたことで、友人だと思われる隣の男子生徒が彼に問いかける。
「あん?碓氷、知り合いか?」
「あ、いえ、その、ただ……」
質問された碓氷は、どう説明すればいいのかと言い淀む。以前、戦って徹底的にやられた相手とは説明しずらいだろう。プライドの高い碓氷なら当然だ。
喋らない碓氷に業を煮やしたのか、男はイライラとした口調で催促する。
「おい、なんだ?ハッキリしねーな。知り合いなのかって聞いてんだぞ?」
「あ、えっと、その……実は以前に
「……ああ!お前が外部生に負けたって噂になってたやつか!」
「……はい」
やはり信じがたい現実だったからか、直接男子生徒に指摘されると、碓氷は顔を俯けるように体を震わせた。憤怒で奮えているのか、それとも恥辱で奮えているのか。それは本人のみぞ知るところだ。
まるで主と従者のような話し方で会話をする二人。碓氷の言葉がことさら丁寧語なため、余計主従関係のように見えるのだろう。
「へぇ~てめぇが碓氷をぶっ倒した外部生か……」
碓氷の話を聞いた男子生徒は袮音に興味を抱いたのか、ジロジロと不躾な視線を向けてきた。遠慮のない値踏みの視線に祢音は顔を顰める。
「碓氷を身体強化のみで倒したってのは本当か?」
「……」
男子生徒が
そんな祢音に、男子生徒ではなく、震えていた碓氷が怒りを露わにする。
「む、無道祢音!き、貴様!
「……なんで俺が答えないといけないんだよ。お前も知ってるんだから、お前が教えてやればいいだろ」
「グッ!」
至極真っ当な祢音の返しに、碓氷は口を噤む。地味に無視をされる形になった景虎と呼ばれた男子生徒は、しかし、怒るのではなく、おかしそうに笑った。
「クハハハ!!!面白い男だな!この俺様にそんな生意気な態度をとる輩は!おい!無道祢音!お前、俺様に仕えろ!」
「はぁ?」
他人の都合を全く考えない上から目線の従属を強要する宣言。ただ、景虎が言うと、それは有無を言わさぬ迫力があった。
だが、祢音にそんなことは関係ない。考えるそぶりを見せず、即座に拒否する。
「断る」
「ククク!やっぱ面白ぇ!即決で俺様の命令を断るかよ!」
「当たり前だろ。なんで俺がお前の言うことを聞かないといけないんだよ」
「クハハ!!俺様に向かってそんなことを言える奴がまだこの学園にいるとはな!」
断られたにもかかわらず、景虎は傲岸不遜な笑みを浮かべていた。
そんな二人の会話を横で聞いていた碓氷は、景虎への対応の悪さに我慢の限界が来たのか、話に割って入るように祢音を叱りつける。
「無道祢音!!!貴様!!!なんだその景虎君に対する態度は!!!貴様のような低俗な輩では本来話すこともできない方なんだぞ!!!そ、それを、こともあろうに景虎君の命令を断るばかりか、ふ、不遜な態度まで!!!」
「そいつが何者かは知らないし、知る気もないが、なんで俺が自分を下にしてまで、そいつに遜らないといけないんだよ」
「き、貴様、ま、またしても景虎君に対して!!」
祢音の改めない態度を見るに見かねた碓氷が、ついには手まで出そうになって、
「碓氷!俺様はそんな些細なことは気にしねぇよ!」
「で、ですが!」
「いいって言っているだろ!俺様の言うことが聞けねぇのか?」
「も、申し訳ありません……」
景虎の一喝によってすごすごと引き下がった。忌々しそうに祢音を見つめることはやめないが、景虎の
景虎はというと、碓氷を戒めた後、改めて祢音達に向き直り、遅い自己紹介をしてきた。
「そういえば、まだ俺様の名を言っていなかったな!よく聞いておけよ!俺様は
堂々たる名乗り。すでに上に立つ者の風格とオーラを持った目の前の男は、確かに八家出身の者なだけはあるのだろう。ただの学生のみならず、そこらの木っ端魔法師なら、今の自己紹介だけで怯むだけの威圧感を景虎は放っていた。
が、祢音はその程度で怯むような玉ではない。
「それで?その鳴雷家の次期当主様がわざわざ何の用なんだ?」
「クク!やっぱいいな!これでも怯まねぇのか!是が非でも俺様の下に仕えさせてぇ!…………だが、まぁ今日のところは別にいいや。それが目的で止めたわけじゃねぇ。俺様は、ただ、そこの落ちこぼれが人と一緒にいるのが珍しいから気になっただけだ」
そう言って、指し示したのは、景虎の声を聞いてからずっと体を震わせていた命だった。
景虎に蔑視を向けられ、命は余計にビクンと震える。
その軽蔑を隠そうともしない視線と言葉に、今まで蚊帳の外に立っていた炎理が吼えた。
「おいてめぇ!いきなり現れて、ずいぶんな物言いじゃねぇか!命ちゃんが落ちこぼれだと!?嘘も大概にしとけや!中等部でもトップの成績だったんだぞ!?落ちこぼれなはずねーだろ!!」
「プッ!おい赤髪!お前何言ってんだ?中等部でその落ちこぼれがトップだった?クハハハ!!!そいつは傑作だ!!!魔法一つ使えなかったそこの女が中等部でどうやったらトップに立てるのか見てみたいもんだぜ!」
「は?」
バカを見るような視線を炎理に向け、景虎は笑った。炎理の発言が相当ツボに入ったのか、腹を抱えるほど爆笑している。
炎理はというと、景虎の発言に意表を突かれたように、怒りの熱が沈静化し、言われた内容を把握して、固まってしまった。
祢音も景虎の発言を聞き、少なからず驚いていた。
そんな二人を見て、景虎は笑いながら、続けるように話し始める。
「そこの女、
大声で嘲笑する景虎に、命は俯いて何も言い返せない。ただ嵐を隠れてやり過ごすかのように静かに震えているだけだ。
景虎の言う属性不明者。これは、文字通り自分の属性が分からない人のことを指す。
通常、
さらに、現代では
しかし、本当に稀に上記のどれにも当てはまらない人間がいた。それが属性不明者と呼ばれる者達だ。年齢を重ねても自身の属性を理解できず、さらには新種の属性のためスキャナーでも識別できない。中には死ぬまで自身の属性を理解できない者もいるのだ。
魔法は属性に
だからこそ、属性不明者は魔法が使えない。なにせ、自分の属性を正しく理解できないのだから。
魔法師にとって無属性と属性不明者は落ちこぼれの象徴。二つの共通点はどちらも魔法を使えないということ。前者は
まだ哄笑を続けている景虎に、話を聞き終えた祢音は言った。
「だからどうした?」
その思っていたのと違う反応に、景虎は不意を突かれたように笑いを止め、聞き返す。
「……なに?」
「それを俺達に教えて、なんになる?命が白雪家の人間ってことや属性不明者ってことには驚いたが、だからなんだ?それが友達でなくなる理由にはならねーよ」
さらに続くように、静止していた炎理も、その言葉に触発されたように、
「祢音の言う通りだ!そんなことで命ちゃんとの縁を切るわけねーだろ!てめぇみたいな血統主義の頭でっかちみたいな野郎と一緒にすんなよ!」
「……」
二人の命を庇うような言葉に景虎は眉根を寄せ、つまらなさそうな表情を顔に出す。
今までの度量の広い振る舞いとは違った姿に、祢音は意外そうな感情を持った。思い通りにならなくても笑っていたはずなのに、なぜか今は不満そうに、納得いかな
そんな景虎とは対照的に、命は驚いて、祢音と炎理の顔を見上げるように見つめていた。初めて表情に出した感情らしい感情。瞳はどこか儚げに潤み、唇は揺れるように震えていた。
「チッ!落ちこぼれに失望して離れていくと思っていたが……つまらん!いくぞ!碓氷!」
景虎としては、命を嘲笑い、祢音と炎理を失望させ、彼女の近くから引き離そうとすることが本当の目的だった。けれど、それも失敗に終わった。
思い通りにならないことに不服そうな顔を隠そうともせず、景虎は碓氷に指示して、その場を離れようとする。
だが、それを祢音が止めた。
「待てよ」
「あん?なんだ?俺様はもうてめぇらに用はねーんだが」
「いや、お前じゃない。用があるのは碓氷の方だ」
「チッ、碓氷。聞いてやれ」
「……わかりました」
どうでもよさそうに許可する景虎に、碓氷は一度頷くと、祢音に視線を向けた。それを受け止めた、祢音は、碓氷に尋ねる。
「なんでそいつに付き従っている?白雪家の分家筋であるお前は普通は白雪家に仕えるはずだ」
当然の疑問だった。普通は白雪家の分家筋に当たる碓氷は白雪家の血筋の者に仕えるべきはずの人間。それが、なぜ鳴雷家の者の従者のようなまねごとをしているのか。
碓氷は一度拳を強く握りしめると、祢音の疑問を突っぱねた。
「……貴様には関係のないことだ」
「そうかよ……悪かったな。引き留めて」
多分いくら聞いても素直には答えてくれないと理解した祢音は、謝罪を一つして、景虎と碓氷の二人を見送った。
景虎との出会いから少しして、現在、クラブ活動見学をいったん止めた祢音達はあの一本杉のある小さな広場にやってきていた。人通りが少なく、命を落ち着かせるのにはここがいいと判断した祢音の機転だ。
「……二人とも、感謝」
どうにか気分を一転できた命は、自分を助けてくれた祢音と炎理に謝意を見せた。が、すぐに表情に影を落とすようにして続ける。
「……二人はきっと景虎に目をつけられた。あの人は一学年でも正真正銘トップの実力者。それにこの学園でかなりの影響力を持つ人物。そんな人に目をつけられたら、二人も学園で孤立する。……なんで私を助けたの!?」
珍しくも饒舌に語る命。最後には少しだけ感情を込めたように、小さく叫ぶ。めったに感情を表に出さない命がそういうのだから、それだけ、景虎の怖さを知っていて、祢音と炎理の二人を心配しているのだろう。
だけど、二人はそんなこと知るかとばかりに、
「なんで助けたかって……そんなの、友達だからに決まってるだろ。なぁ?」
「だな!祢音の言う通りだぜ?命ちゃん!だから、そんなに落ち込むなよ!」
こともなげにそう命に宣言した。
「……友達?」
言われた単語を反芻するように呟いた命は、意味を理解すると、目をいつもより若干大きく見開く。それを見て、祢音はおかしそうに笑った。
「ハハ!そんな表情ができるんだな」
無表情がデフォルトの命が珍しくも表情を変えている。そのことに祢音も炎理も嬉しそうな笑みを浮かべた。
命は二人を見つめながら、震える声で問う。
「……私が友達でいいの?」
「当たり前だろ」
「ああ!」
祢音と炎理の二人は即座に頷いて答えた。
二人の返答を聞いた命は、俯いて下を向く。
見られたくなかったのだ。今自分の瞳から流れるように落ちていく透明な雫を。
ポタリ、ポタリ、とまた
決して悲しいわけではない。二人が自分を友達だと言ってくれたことが嬉しかったから。
その幸福から生まれた喜びの涙は、しばらく止まることはなかった。
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