第100話 私が愛した人は。

 ガラスで仕切られた部屋の中へ入った時、正直言ってあまりの暑さに身体が悲鳴を上げた。近くにぶら下がっている温度計を見ると、そこには三十六度のデジタル文字が浮かんでいる。暑い。暑すぎる。

 だが、目の前のステージの上には眠ったようにしている美沙子さんの姿があった。とても私を痛めつけ、こんな姿にした張本人とは思えないぐらい穏やかな顔をしている。

「最終演目、『私が愛した人は、秘密に満ちていました』開演!」

 相川さんがマイクを使ってそう言った。途端に照明が落ち、スポットライトが私と美沙子さんの当たる。美沙子さんはよく見ると首筋からケーブルが繋がれ、後ろの巨大コンピュータと連携していた。

 美沙子さんがゆっくりと目を開いた。私は気持ちを引き締めた。やっと会えた美沙子さんへ喋り掛けたい気持ちをぐっと抑えて覚えてきた台本を読む。それがどんなに大根役者だったとしても、それが美沙子さんのためになるのなら。いくらでもするつもりだった。

「私は、アンドロイドが嫌いだ。人間を見下し、まるで虫けらの扱う、アンドロイドが大嫌いだ!」

 私は大声で叫んだ。その音量に驚いたのか、ガラス越しで見ている大人たちは驚いたような表情をしていた。こんな傷だらけの私だからといって甘く見ないで欲しい。私だって救いたい人が目の前に居るとき、自分の痛みなど消え去ってしまうのだから。

 続いて喋ったのは美沙子さんだった。美沙子さんはゆっくりと立ち上がり、私の声量に負けないぐらいの大きさでセリフを言う。

「私はアンドロイド。人間たちは私たちを作ってくれたが、同時に私たちを嫌う。それは何故なのか。一体、どうしてなのか! 私は答えを探すために旅に出た。決して私がアンドロイドである事を言わずに、旅に出た!」

 音響チームがすかさず音楽を流す。美沙子さんはステージ上をふわふわと踊り、私の周りを回った。私はその踊りに応えるように腕を振り上げた。

「私は奇妙な力に惹かれ、恋をしました」

 私は続けてセリフを言った。美沙子さんは立ち止まりこちらを見つめる。美沙子さんは遠くを見るような表情をしてセリフを言う。

「最初のデートは喫茶店。彼は苦いコーヒーを無理やり飲みました」

「私はコーヒーの苦さをぐっと堪えて飲み干しました」

 私と美沙子は手を繋ぐ。そしてステージを時計回りに回りながら踊る。照明が私と美沙子さんを追いかける。

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