第75話 旧規格

 原地は大越出版に連絡を続け、西本の居場所を探してくれていた。その間も、咲子からの連絡は続いた。先ほど、MISAKOを捕らえたというのだ。取り敢えずは安堵の気持ちが少し過ぎった。最も、AKANEはMISAKOを追いかけている。モールでMISAKOを拘束しておけば、AKANEはアンドロイド・ディベロップメント本社には近づかまい。

「すいません。今本社の色んな筋に頼って西本を探しています。実は、失踪した社員が遊園地での爆発事故に巻き込まれ、意識不明の重体になってしまいまして。──まさかの形で発見されました……」

「AKANEの犠牲になったのか……」

 もしかしたら、AKANEを指令していた張本人かもしれない。野村や近藤からの指示を西本が受け取って、大越の社員に流していたのなら自然な流れだ。

「そういえば、今暴走しているのは、アンドロイドなんですか」

「そうだ。ATZ-300……。通称名、AKANEだ。──もう今更隠す事ではないが、AKANEは人体機構研究所で開発されたアンドロイドだった」

「それもまた、惨事を招いた原因で」

「その通りだ。人体機構研究所最大の汚点とも言える欠陥機だった。MISAKOシリーズよりも、数十倍凶悪で、ずる賢くて、頭が良かった。旧規格もリセットJに含められればどんなに良かったか」

「リセットJはアンドロイド・ディベロップメント設立後の機体のみが対象なんですか」

「その通りだ。あの時代はまだ法整備が追いついていなくてね。あの惨劇の後、リセットという概念が制定された。何が起こっても、人間が最後に制御する。それがアンドロイドの絶対命令なんだ。そのため、AKANEシリーズもMISAKOシリーズも全て回収して、破壊した。──はずなんだがね」

 自分で話していながら、AKANEとMISAKOを放ったのは野村と近藤で間違い無いだろうと確信が持てた。アンドロイド・ディベロップメントの置かれている状況を逐一西本が報告していた。そして、弱体化している時期を狙ってMISAKOとAKANEを復刻し世に放った。そして大混乱する社会を見て私がリセットJを実行する様に仕向けた。その際に発生するバグに漬け込んで、世界中のアンドロイドのコンロール権を乗っ取るつもりなんだろう。

 リセットJは一度実行すると中断出来ない。仕組み上、仕方が無い事である。それが最も好チャンスである事は開発者である二人なら知っていて当然だった。

「江口社長。日本はアンドロイドによって経済復興し、アンドロイドによって滅ぼされるのでしょうか」

 原地が不安げに俺に訊いた。今までだったら威勢良く否定が出来た。だが、今となっては完全に野村と近藤たちの思う壺だ。

「どんなに悪い奴でも、最初にモノを作った人間は、その製品に多少は愛情が湧く。俺も含めて、開発者である野村、近藤だって自分たちが作った製品で文明が滅びる所は見たくないと思っている」

 あいつらは、俺よりも真っ直ぐに生きていたはずだ。こんな所で破滅へのシナリオを進めるはずなんて、無いと信じたい。

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