第58話 予感
俺がすっかり住み着いてしまったスラム街が、急に騒がしくなった。ホームレスも、ヤンキーも、皆スラム街の長老の所へと集まっていた。
「どうしたんですか、急に集まったりして」
「樋口。お前もこれを見てみろ」
そこには、どこかのごみ箱から拾ってきたのであろう週刊誌が置いてあった。
「週刊『未来科学』ですか」
「そうだ。この記事を読んでみてくれ」
俺は周りの険しい眼差しをかき分けて、記事に目を通した。
【激震】人工知能省の陰謀とアンドロイドの最大の欠陥
人工知能省が急にアンドロイドの運用指針を変更した事は皆も覚えているだろう。そんな人工知能省が何故あのような方針転換を行ったか。長い間AIやアンドロイドについて記事を書き続けた我々は、ある情報を手に入れた。
人工知能省があそこまで大きな方針転換を行った理由はAIのエラーが潜んでいる事が判明した。日本でアンドロイド向けAIが初めて稼働したのは今から約三十年前。それから様々な会社が独自でアンドロイドを動かすためにAIの形成を行ってきた。そして、今、ある会社AのAIが「人間は必要ない」という結論を出した。
それは即ち、アンドロイドが人間よりも優れているという思考を露わにしたまぎれもない証拠となる。インフラ設備から店舗管理まで、あらゆるシステムを動かしているAIが今このような思考段階に入っている事を危険に感じた人工知能省は、アンドロイドを一般社会へ流通させて思考の矯正を図ろうとしているようだ。しかしながら、危険思考状態に陥っている可能性のあるアンドロイドを一般流通させるという判断は、一般人を危険に晒すだけではなく、世界中をアンドロイドの支配下に置くための計画ではないかという憶測が関係者の間では広がっているようだ。
「人工知能省が発表したこの前の方針転換の真相だ」
俺は暫く何も言えなかった。俺たちを社会から排除し、何もかもを奪っていったものたちの目論見がこれだったとは。怒りや悔しさを通り越して、只々唖然とするしかなかった。
「つまり、人工知能省の真の目的は、アンドロイドを使って人間をいよいよ本格的に排除していくってことですか」
「そうだ」
長老が頷いた。
「それだけではない。今までの数々の仕事をアンドロイドに奪われてきたが、恐らく、人工知能省や製造会社の目的は人間の営み全てをアンドロイドに代行させる事だ。その内、アンドロイドと人間が付き合いだして、結婚する未来がくるだろうよ」
「そんな……。そんな事をしたら人間は滅亡へと向かうではないですか。なぜ、そこまでして」
「決まってんだろ。金になるからだよ。それに、この政策が上手くいってる様に海外に見せれば、大昔に輝いていたという日本の貿易が復活する。海外に大量のアンドロイドを輸出できるからな。全ては金だ」
「こんな危険な機械を日本中にばらまいてまで、金稼ぎなんですか……」
「俺はその昔、アンドロイドが登場した頃、若手で大手の商社で働いていた。そしたらある日突然、大規模なリストラが始まった。俺たちがやっていた仕事は全てアンドロイドが肩代わりしやがった。俺は怒りに抑え切れず、アンドロイド・ディベロップメントの社長に会いに行った」
「江口社長に会われたんですか」
「そうだ」
長老の声がどんどん大きくなっていくのが分かった。
「大勢の人間が路頭に迷っている。そんなまでして、お前たちはアンドロイドを製造し続ける気かと、俺はあいつの前で言ったんだ。お前は正気かと、ね。すると、あいつはこう切り捨てた。『金儲けをして何が悪い』と。あいつがテレビで言っている綺麗ごとなど、本当は何一つ思っていないんだよ。あいつは金が只々欲しい──汚い人間なんだ!」
長老は週刊誌を投げ捨てた。俺は振り向いて背後に聳え立つ、アンドロイド・ディベロップメントの本社を見た。あいつらに勝たなければ。俺は心の中で誓った。
「立ち上がりましょう! 今こそ!」
俺は長老を見て半ば叫ぶ形で言った。長老は険しい顔をしながらゆっくりと頷いた。
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