第36話 葉桜

 美沙子さんから連絡があったのは、昼だった。どうやら練習の昼休みの様で、この前観た演劇の続編を練習しているとの事だった。日頃はテキストメッセージで会話しているが、やはり彼女の声を聞くと、どこかほっとする。

『もしもし? 直人さん?』

「美沙子さん。劇の練習は順調ですか?」

 美沙子さんの嬉しそうな声が聞けて良かった。花形の美沙子さんは今、劇の最終調整に入っているとの事だった。彼女たちが所属する波星劇団は、人工知能省の規制緩和の影響もあって、アンドロイドをテーマにした今季の劇は更に人気が出ていた。

『そうですね。舞台のセットも大詰めになってきています』

「是非また見に行きたいものです」

『またチケットを用意させて頂くので是非観にいらして下さい!」

「いえいえ、流石に買いますよ」

 電話越しにでも美沙子さんの表情が分かったような気がした。今時はビデオ通話が主流で、電話で話すなど久々であったが、これはこれで良かった。

『今日はどこでご飯を食べましょうか』

「良いお店を知っているので、そこを予約しておきました」

『それは楽しみです! 残りの練習、頑張れそうな気がします!』

「お役に立てて何よりです」

 森部に教えてもらったお店を予約しておいたのだ。森部曰く、夜景が綺麗に見えるおすすめデートスポットだとか。

『美沙子! 練習再開するよ!』

 電話越しに美沙子さんを呼ぶ声がした。昼休みもどうやら終わりのようだ。

『はーい! 今行きます! ごめんなさい! また夕方、お話の続きを!』

「練習頑張ってください!」

『ありがとうございます! それでは!』

 電話はそこで途切れてしまった。もっと話したい気持ちを抑えながら、私は携帯端末をベッドに放った。


 たまに、今起きているすべての事が信じられなくなる時がある。私は美沙子さんという女性に出会って、マンネリ化した人生から抜け出したような気がしていた。勿論、これはただの幻想なのかもしれない。付き合い始めた人間が抱くよくある惚気なのかもしれない。

 それでも私は彼女と出会うことで、人生を変える事が出来て良かったと思っている。

 ――恋は盲目。

 そんな言葉があるが、私は寧ろ人生というものがはっきりと見えた様な気がした。

 ――いや、『恋愛』を拗らせた人間が言うべきではないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る