第34話 夏希
アンドロイド・ディベロップメント株式会社が新作を出したという話を私は耳に挟んだ。世界最大手とも言われるあの会社が、新作を出したというのだ。皮肉にも、発売日はあの日と重なっているではないか。
あの会社もすっかり大きくなってしまった。今ではアンドロイド業界を牽引するトップ企業にまで成長してしまった。会社の創設者であり、業界最大手まで会社を成長させた切れ者――江口基弘を筆頭に優秀なエンジニアを集めたあの会社は敵無しだった。
「木元――いや、アンドロイド・ディベロップメントでは西本だったかな」
「何でしょうか。野村さん」
彼はアンドロイド・ディベロップメントの幹部である木元だ。諸事情で西本という偽名を使っているが、本名は木元である。
「事は順調に進んでいるか」
「はい。人工知能省の追い風もあって、予定通り進んでいます」
「そうか。私の存在に江口は気づいていないだろうね」
「えぇ。秘書系アンドロイドを使って色々と詮索しているようですが、こちらの存在には気付いていないようです」
「全くあいつも不器用なところは変わってないな。若い頃が懐かしいよ」
「あの、野村さん」
「なんだ」
「江口と野村さんはどのような関係なのですか?」
「それは詳しく知る必要はないさ。昔の友人とでも言っておこうか」
木元や他の人間にも江口との関係は黙っている。私は業界の表舞台を退いた人間だからだ。いや、追い出されたと言った方が正しいのか。どっちにしても、もう業界で働くことは無い人間だ。
――失うものなど、もう無いのだ。
「そう言えば木元。アンドロイド・ディベロップメントが出した新作のアンドロイドのブランド名は何だ?」
「『夏希』です」
「その名前は江口がつけたのか」
「えぇ。江口自ら」
なるほど。あいつらしいな。まぁ昔の記憶など、掘り返していい気分はしない。今後の戦略を練る方が世界の未来のためになる。
「Phese 2と行きますか。木元。時間は止まらない。早いところ進めていこうか。明日にでも作戦会議だ。その時に嫌でも私と江口の関係は分かる。君だって西本と名乗る事情があるのだろう? それと等価交換だ」
「分かりました」
木元は一礼すると、私の部屋から出ていった。木元がどこまで実力があるのか、私の描いた戦略を実現してくれるのか、楽しみである。
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