5章
第32話 羊
緊急会見を開いた後から、俺の会社には多くの意見を述べるメールが寄せられた。現在俺の会社のアンドロイドを使っている企業の人間から、まだ触れた事もないであろう一般人まで。無論、会社にまでメールを送ってくる様な人間は否定派であるのだが。
しかしながら、停滞していた世の中は良くも悪くも激動の時代を迎えそうな雰囲気が出ていた。何せ、俺の会社含めた大手三社が同時に打ち出した新たな戦略に人工知能省までが声明を出した今回の一件は、世界的にも多くの注目を集めてしまった。
いや、もしかしたらこれが河本の狙いだとすれば俺たちは利用された事になるのだが。どのみち、後戻りは出来ない局面を迎えた今俺の会社も今まで経験したことが無い方向へ舵を切らなければならない。
西本の件は世の中の動きに逆らうかのように闇の中へと消えかけていた。俺の秘書アンドロイドを総出で事にあたらせたが、それといった情報を掴むことは出来ないでいた。西本の黒幕を探さねば、俺がやられてしまう。西本が色々と偽造工作をしてまで、俺に隠し事をしているのにはきっと黒い訳があるに違いない。
「江口社長」
部屋に入ってきたのは咲子だった。何か進展でもあったのだろうか。
「どうした」
「日本知能工業株式会社の三鷹社長がいらっしゃいました」
「入れてくれ」
三鷹が来るとは、一体何の用だろうか。
「江口くん。急にお邪魔して済まないね」
「三鷹さん。どうされたんですか」
「ちょっと私用があってこの近くを通ったものだから、寄ろうかなと思ってね。新型のアンドロイドの開発は順調かね」
「えぇ。人工知能省が早めに造れとせかしてくるので、大変ではありますが」
「そうか。──いやちょっとね、変な噂を耳にしたからね。伝えておこうと思ってね」
三鷹の表情が急に険しくなった。俺は咲子に部屋の外へ出るように命じて、窓の暗幕を全て下げた。恐らく、外部に漏れてはまずい話だろう。
「どうされたんですか」
「例のAIの暴走の件だけどさ。信じたくはないが、あれは誰かが仕組んだっていう噂だよ」
「どういうことですか」
「普通AIを製造している会社はAIがある程度学習が完了した状態、つまり成熟期になるまでは外部のネットワークと遮断するのが普通だろう?」
「えぇ。外部のネットワークはノイズが酷くてAIの人格形成に歪みが生じる可能性がありますから」
「その通りだ。成熟期に入ればある程度のノイズにさらされてもAIは正しい判断が可能になる。だが例の映像に出ていたAIを調べたら、運用実績が十五年もあるAIだったんだよ」
「え?」
そんなのことがありえるのか。通常のAIは十五年も正常に運用されていれば、基本的に奇妙な思想に陥ることはない。まして、人間が不必要だという回答に至るはずがない。
「人工知能省の見解が間違っているとは言いたくはないが、十五年も正常運用されているAIが突如反人間的になるのには、余程の外的な思想ショックを与えるか、プログラム本体を書き換えるしかない」
「これは何か裏がありますね」
三鷹は無言で頷いた。アンドロイドの規制緩和の裏で何かが動いたという事なのか。そういえば、西本も強くアンドロイドの規制緩和を推奨していたが、「黒幕」と関係があるのか。
三鷹が帰った後、私は暫く考えた。人工知能省もきっと何かを知っているのではないか。これは、国単位で何かが隠されているのではないか。鳥肌がたった。
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