第57話 春を待つ人
「あの子はどうしてる」
ああまた夢か、と思った。己の意思によらず、口がゆったりと言葉をつむぐ。
「どこかに隠れています。泣き顔を見られたくないのでしょう」
横に立つ青年が答えた。痩せた手足と砂色の頭髪の持ち主で、笑んでいるような細い瞳は冬の湖のような薄い青をたたえている。
「大人びているようで、あれもまだ子どもですから」
「大人だって泣いてもいいさ」
吐く息が白い。鉛色の空のもと、小高い丘は深い雪に覆われている。
「おれはきみも心配だな。きみだって辛いだろう」
「……いえ」
短く青年は応じ、いささか性急に話題を変えた。
「大公はこれからどうなさいます」
「とりあえずトラヴィスにもどる。いろいろ後始末もあるからな。それが片付いたら、故郷に帰るさ」
「失礼ながら、あなたも変わったお方ですね。そのまま帝都にとどまればよろしいのに。あなたは今や救国の英雄でいらっしゃる。富も名誉も権勢も、それこそあなたのほしいまま。もちろん、次期皇帝の座も……」
「よしてくれ」
けしかけるようにささやく青年に、笑って肩をすくめてみせた。
「おれの
「……そう」
青年の水色の瞳に辛辣な光がよぎる。
「たしかに、あなたは皇帝の
「そのとおり。きみはじつによく物事が見えている。さすがあいつの弟子」
ほんのわずか、青年の笑みにほころびが生じたようだった。何か言いたげに口を開きかけた青年だったが、結局無言で頭をふった。
「きみこそどうする」
「とりあえず、ここで皆を待ちます。全員そろったところで、これからの方針を相談しようかと」
「そうか」
ひとつうなずき、青年に深々と頭を下げる。
「どうかよろしく頼む。きみたちばかりに任せてしまって心苦しいが」
「いえ、これはわたしたちの領分ですから。言いたいことを言わせていただいたお礼に、お約束しますよ。あの
「あれなあ……」
口からげんなりした声がもれる。
「なんなんだろうな、あの急展開にもほどがある愛憎劇は。筋書きに無理がありすぎるだろう」
「どんな無理でも、あの術ならねじふせてしまいましょう。なにしろ、いままで見たことも聞いたこともないほど強力な術ですから」
「専門外のおれが言うのもなんだが、魔術の無駄遣いじゃないのか? それ」
「まったく」
同感だと青年はうなずいた。
「まあ、そうそうあいつの思いどおりにはならんよ。百年後、あいつのもとへ誰があらわれるにせよ、それはあいつを殺すためじゃない。救うためだ」
さりげなく、それでいて断固とした宣言に、青年は微笑と揶揄がないまぜになった視線をよこす。
「あなたも予言をなさいますか」
「予言じゃない」
かたわらの塔をふり仰ぐと、尖塔で翼をたたむ灰色ドラゴンと目が合った。
「――祈りだ」
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