第50話 取り立て屋は地の涯まで
デイジーとジークのおかげで、追跡者は難なく片づけることができた。
追手の三騎は頭上をかすめたドラゴンの炎に驚いて落馬。うち二名は気絶。あとの一名は感心にも起き上がって逃げようとしたところをデイジーに
「デイジー!」
ほぼ一日ぶりに再会したドラゴンの首にアレンが抱きつくと、デイジーもごわごわの表皮をアレンの頬にこすりつけてくれた。
「助けてくれて、ありがとな」
その場にデイジーの主人がいたら「おれのときとはずいぶん対応が違うじゃねえか」と吐き捨てたかもしれない。
「ジークも、よく来てくれたな」
アレンがねぎらうと、紳士なドラゴンは優雅に頭を下げた。
「ところでデイジー、おっさんは?」
二頭のドラゴンの背がいずれも
「……使役の術が
背後でギルロイがつぶやく。
「ギル爺、なにか知ってるなら教えてくれ。あのおっさん、急にいなくなりやがってさ」
「その前にアレン王子、まずはおぬしに詫びねばならぬ」
ギルロイはアレンに向かって頭を垂れた。
「おぬしのその腕、おぬしの故国、トラヴィス、ナヴァール、そしてアングレーシアも……すべての災厄は、わしの兄弟子が引き起こしたものじゃ。わしがもっと早う気づいておれば……いや、気づいたとして、わしがサリムをどうこうできたとも思えんが……」
「ちょっと待った、ギル爺」
アレンは片手をあげてギルロイの話をさえぎった。
「急にいろいろ言われてもわかんねえよ。順番に話してくれ。そのサリムとかいうやつが〈まだらの手〉なのか?」
「そう、第二の、と言うべきじゃろうな」
ひとつ息をついてから、ギルロイは語りはじめた。
「師匠から聞いておろう。百年前に大陸を騒がせた〈まだらの手〉は、もとは一介の魔術師であった。愚かにも、かの魔物をその身に宿すまでは。その身は師匠の炎により灰となったが……百年の後、あの愚行をくりかえす者があらわれよったのよ。それがわが兄弟子、サリムじゃ。よりによって、あのサリムが……」
ギルロイの顔が苦しげにゆがんだ。
「百年も共にいて、わしはあやつの変化に気づけなんだ。あやつは師匠が目覚める少し前から姿を消しておっての。ほうぼうを探したが、どうにも見つけることができんかった。それがまさか、アングレーシアの街におったとはのう。アレン王子、おぬしも会ったのであろう。サリム……いや、あの街ではサムという名で通していたか」
「サム……サム爺!?」
女給が教えてくれた薬酒の老人の名をアレンは叫んだ。
「おぬしの腕にその黒を植えつけたのも、サリムで間違いなかろう。師匠とサリムが顔を合わせたところを、ピエトロが見てわしに知らせてくれての。そこでようやく、わしも気づいた次第じゃ。まことにすまぬ。わしがもっと早く気づいておれば、こんなことには……」
「ギル爺」
老賢者の言を、アレンはさえぎった。
「それ、あのおっさんも知ってたってことか?」
「それは無論。師匠が勘づかれたのもごく最近じゃろうが……おぬしは聞かされてなかったようじゃな」
アレンは唇をかんだ。そう、自分は何も知らされていない。いくら尋ねても教えてもらえなかった。
「師匠とサリムはふたりで姿を消した。ピエトロが見たのはそこまでじゃが、行き先はあそこしかあるまい……」
「かの地から、すべてが始まった。終わらせるとすれば、やはりあの森でとなろう。その名のとおり、世界の涯にして、異郷への入り口。人はおろか獣も住まぬあの森に、立ち入って戻った者は少ない。おそらく師匠も、もう戻るつもりはないのじゃろう。のうデイジー、だからおぬしも解き放たれたのではないか?」
しおしおとうつむくデイジーの横で、アレンは額をおさえた。
一度に多くを聞かされて、頭の中が嵐のようだ。だが同時に、腹の底からふつふつとこみ上げてくるものがあった。混乱を圧して余りあるその感情の名は、怒りという。
「……野郎」
冗談ではない。この腕のせいで、自分がどれだけ悩んだと思っている。手がかりをつかんだのなら、なぜすぐに教えない。大事なことは何ひとつ告げずに連れまわし、肝心なところで放置ときた。おまけに、もう戻らないつもりだと!?
「踏み倒そうったって、そうはさせるか」
焦がされた髪、溶かされた剣、その他もろもろ迷惑料。回収せずになるものかと、決意も新たにアレンは顔をあげた。
「ギル爺、その〈涯の海〉て、どこにあるんだ? おれも行く」
ギルロイははっと目を見開き、すぐに小さく息を吐いた。
「道ならばデイジーが知っておる。じゃが、術が解かれた今となっては……」
「できればわしも同行したいところじゃが……」
「わかってる。ギル爺はここで皆を守ってやんなきゃな。ジーク、おまえもギル爺と一緒にいてくれるか。ドラゴンがいれば、やつらもうかつに手は出せないだろ」
留守番を頼まれたジークはちょっと不服そうな眼をしたが、それでも聞きわけよくうなずいた。
「そういや、あいつはデイジーなしでどうやって行ったんだろ」
「サリムがおればドラゴンも馬もいらぬ。あれは地をすべる術を使うゆえ。千里の道もサリムにかかればひとまたぎじゃ」
「すげえ魔術師っぽい……」
いままで
「どした? ピーちゃん」
「一緒に行きたいようじゃ。よければ連れて行ってやってくれんか」
そこでギルロイはなぜか頬を染め、もじもじとつけくわえた。
「その……わしだと思って」
「…………」
アレンは小鳥の頭をつかんで引っぱりだそうとしたが、使い魔は「いやなの、ここがいいの」とばかりに外套に爪を立てた。まあ鳥に罪はないとあきらめて、アレンは念願だったデイジーの背によじのぼった。
「よし、じゃあ行くか!」
あの不良魔術師をとっちめに!
アレンがギルロイとジークに手をふると同時に、巨大な灰色ドラゴンは力強く地を蹴った。
「……行ってしまったか」
群青の空にドラゴンの影が消えたところで、老賢者は肩をおとした。急に十も老けこんでしまったようなその姿に、ジークが気遣わしげな視線を送る。
「おお、すまぬのう。なに、心配はいらぬよ。きっと皆無事に帰ってくる。なにしろあの王子は――」
夜空を見上げ、ギルロイはつぶやくように言った。
「師匠の運命の相手じゃからな」
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