第30話 古いものには価値がある
シグルトとオルランドが絵画鑑賞に興じていた頃、アレンはユリウス帝の私室で古美術鑑定につき合わされていた。
「どうかな、アレン王子」
「はあ……」
どうと言われましても、と首をかしげながら、アレンはユリウス帝がさしだした長剣を受けとった。
べつにどうということもない、古びた剣だった。鞘は金の
「よい剣ですね」
「そうであろう」
あたりさわりのない感想を返したアレンに、ユリウス帝は満足そうにうなずいた。
「それはわが帝国に古くから伝わる宝剣だ。言い伝えによれば、わが国が災厄に見舞われるたび、その剣を手にした勇者が敵を打ち倒したのだとか。そして事を成した後、勇者は剣に感謝をささげ、岩に封じたのだ。次代の勇者へ剣と希望をつなぐために」
話がすすむにつれ、アレンの背中を嫌な予感が這いあがる。
「この剣が最後に岩から抜かれたのは百年前、ちょうど黒き災いが襲いかかったときだ。宝剣を手にした勇者は兵を率い……」
「あの、熱弁中のところすみません」
悪いと思いつつもアレンはユリウス帝の話をさえぎった。
「その勇者さん、酔っ払ってませんでした?」
「いや? そのような言い伝えはないが」
いぶかしげなユリウス帝の顔を見て、アレンはシグルトから聞いた話――皆でよってたかって引っぱってゆるくなったところを通りすがりの酔っぱらいがぶつかって抜けた、というしょうもない真実――は永遠に胸におさめておこうと心に決めた。
「役目を終えた宝剣は皇城の宝物庫で眠り続けていたのだが……」
「たびたび申し訳ないんですけど、使い終ったら岩に刺しとくまでがお約束じゃなかったんですか?」
「本来はそうあるべきなのだろうが、先代の勇者が何を思ったか宝物庫に安置してな」
さては面倒なところ省きやがったな先代勇者、とアレンは察した。まあ、いちいち岩にぶっ刺すのも骨が折れるだろうから、気持ちはわからなくもないが。
「これをそなたに授けよう、アレン王子」
「えっ、いいんですか」
思いがけない申し出に、アレンはぱっと顔を輝かせた。
「はじめはアイーダにあたえようと思っていたのだが、そなたが剣を失くしたと聞いてな」
「失くしたというか、燃やされました」
昨夜広場で溶かされた剣と、ついでに焦がされた頭髪については、損害額を計上し、請求書をしたためてシグルトに突きつけたアレンである。それも瞬時に灰にされてしまったが。
なお、「この程度であきらめてたまるか」と思いつめた顔でペンをとるアレンの姿に、第七師団内で「アレン王子が高嶺の花にあたってくだけて、それでも懲りずに再挑戦するらしい」という噂が流れ、その結果をめぐって賭けまで行われていることを、当の本人は知る
「でも、あとで返さないといけないんですよね? それも岩に刺して」
それはちょっとなあと難色を示すアレンに、ユリウス帝は鷹揚に笑った。
「それにはおよばぬ。ひとたび授けたものはそなたのもの。その剣をどうするかは、所有者たるそなたが決めればよい」
太っ腹な発言に、それならいいかとアレンはありがたく拝領することにした。
「その剣には銘があってな、エルシルドという。古語で〈岩に刺さった剣〉という意味だ」
「そのまんまですね」
「しかして、すでに名が体を表していないことでもあるし、そなたのものとなった証に、よければ好きな名に変えてよいぞ」
「じゃあ
「やはり名というものは軽々しく変えてはいかんな。この剣は未来永劫エルシルドだ。よいな」
ちょっと言ってみただけなんだから、そんなに怖い顔しなくても、と思いつつアレンはあらためて礼を述べた。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「うむ。ところでアレン王子、その……姫を助けてくれたことへの謝礼についてだが」
ユリウス帝の眼光が鋭さを増し、アレンは心中で身構えた。まさかこの親父さん、娘を一晩連れまわした罰として金貨一千枚はなかったことに、などと言いだすのでは――
「その剣の分を差し引いて金貨八百枚で手を打たんか」
「打ちません」
アレンはがしゃんと卓の上に剣をおいた。
「値もつけられぬ宝剣をくれてやろうというのだぞ!? 二百枚くらい割り引かんかい!」
「いや、それ自分でこの剣の値打ちは二百枚しかないって白状してますよね!? てか、だったらおれ、これいらないんで。剣なら適当な古道具屋であつらえますから」
「剣は騎士の魂であるぞ! 中古品で間に合わせるなどもってのほか!」
「それ言ったら、これだってお古でしょうが!」
ユリウス帝はぐっと言葉につまったが、そこは百戦錬磨の皇帝、すぐに戦法を変えてきた。すなわち、泣き落としである。
「わしとてこんなことは言いとうない……だが、財務大臣がどうしても首を縦にふらんのだ。なにしろ、こたびの出兵で戦費がかさんでな。最低でも三百枚値切ってこいと言われたところを、なんとか二百枚までもってきたわしの努力を汲んではくれまいか」
あんたもう財務大臣に帝位譲ったらどうですかね、という台詞を呑みこんで、アレンは「わかりましたよ」とため息をついた。
「金貨八百五十枚。それ以上は銅貨一枚もまかりません。それから、この剣の鑑定書もつけてください」
不足分は宝剣を売り飛ばして作る気満々でアレンは要求した。豪華な鞘で金貨五十枚は稼げるとして、あとは伝説の宝剣とふれこめば、どこぞの好事家が百枚くらい積んでくれるだろう。
「もうひと声! 八百三十枚!」
「きざんできやがるな、親父さん!」
「だから貴様に父と呼ばれる筋合いはないわ! ええい、やはり八百枚だ!」
仁義なき値切り交渉はアイーダがアレンを迎えにくるまで続き、最終的に金貨八百四十枚および皇帝直筆の鑑定書で手打ちとなった。
その場で書いてもらった鑑定書を受けとり、なんか戦いに行く前から疲れたわと首を鳴らしながら退出しかけたアレンだったが、大事なことに思いあたってユリウス帝をふり返る。
「もうひとつお願いがあるんですけど、親父さん」
「なんじゃい」
「親父さん」呼ばわりにつっかかってこなかったのは、ユリウス帝も疲れていたのと、あとはいちいち「貴様に……」と言い返すのがさすがに面倒になったからだろう。
「金貨はアルスダインに送っておいてくれませんか。おれ、帰ってこられるかわからないんで」
「かまわんぞ。輸送費は八百四十枚から差し引かせてもらうがな」
このくそ親父、とアレンが頬をひくつかせる横で、アイーダが味方になってくれる。
「父上、あまり情けないことをおっしゃいますな。アレンはわが国の恩人ですぞ」
「ふん、情けないのはどちらだ。アレン王子、わからぬなどと申すでない」
ユリウス帝の眼差しには、皇帝たるにふさわしい威厳とともに、たしかな慈愛がたたえられていた。
「金貨はそなたに直接渡す。だから、必ず帰ってこい。アイーダとともにな」
アレンは黙ってうなずいた。その肩にアイーダがおいてくれた手は温かく、力強かった。
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