幕間-それぞれのその後-

それぞれのその後

 アルミナに帰ってきたマシューたちは、宿屋の前でミアと別れた。


「ギルドには行かないんですか?」

「ああ。さすがにこの装備じゃあ、みっともなくてな」


 ミアに聞かれて、マシューが自分たちの装備を指して苦笑した。


「体を休めがてら、装備を調え直すつもりだ。二、三日したらギルドには行く」

「分かりました」

「飯でも食っていくか? おごるぜ」

「ありがとうございます。でも、私は真っ直ぐ会社に戻ります。早くみんなに謝らないと」


 フェリシアに怒られてから、ミアはずっと元気がない。

 暗い顔のミアに、マシューが言った。


「分かった。今回の依頼は、ミアとフェリシアさんのおかげで達成できたようなもんだ。分け前をギルドに預けておくから、後で取りに行ってくれ」

「はい……」

「ミアちゃんらしくないぞ。元気に行こうぜ! ガハハハ」


 肩を落とすミアの背中を、ガロンがバンバン叩く。


「ミアは、よくやった」

「あんた、悪くなかったわ」


 シーズとエイダが、分かりにくい笑みを浮かべる。


「ありがとうございます」


 メンバーたちの言葉にも、ミアは沈んだままだ。

 そんなミアのおでこを、マギが、ちょっと強く小突いた。


「しょぼくれてんじゃないよ」


 意外な衝撃にびっくりしているミアに、マギが続ける。


「あんたは確かに報告を間違えた。だけど、あんたは頑張った。本当によく頑張った。誰が何と言おうと、私はあんたを認めるよ」


 ミアの肩に手を置いて、マギは微笑んだ。そのままミアを見つめて黙り込む。

 少しの間視線を外し、再びミアを見たマギが、肩に置いた手に力を込めて言った。


「もしあんたがその気なら」


 そこまで言って、またマギは黙る。


「?」


 ミアが首を傾げた。


「……いや、何でもない」


 苦笑いと、小さなため息。

 そして、マギは笑った。


「あんたと仕事ができて、本当に良かったよ」

「マギさん……」


 ミアの目に涙が溢れる。

 ミアが、マギに勢いよく抱き付いた。


「マギさ~ん! 私もマギさんに会えて良かったです~」


 わんわん泣くミアを、マギが抱き締める。

 抱き合う二人を、ほかのメンバーが微笑みながら見つめていた。



 ミアに答えた通り、マシューたちは、体を休めがてらボロボロになってしまった装備を調えた。

 ちょっとしたプライド。だが、大切にしているプライド。

 パーティーは、体も装備も万全の状態でギルドに向かった。


 ギルドに着いたマシューは、ミアがパーティーの臨時メンバーとして同行したことを説明する。


「……ということで、今回の依頼はミアがいなければ達成できなかった。登録したての冒険者にしちゃあ異例だろうが、あいつの実績の記録と、報奨金の支払いを認めてやってくれ」


 マシューの話を聞き終えた窓口の女性が、しばらく黙った後、真顔で言った。


「マシューさん、そういう冗談はやめていただきたいのですが」


 それを聞いたガロンが、買ったばかりの斧の柄で床をドンドン叩きながら大声を出す。


「冗談なんかじゃないぜ! ミアちゃんは、間違いなく一流のヒーラーだ!」


 怒ったように、ガロンが女性を睨んだ。


「俺もあの子は、可愛いと思う」

「サフォケー……!」

「エイダ、ストップ!」


 魔法を放とうとするエイダをマギが羽交い締めにする。

 目の前のドタバタを眺めながら、女性はやっぱり否定的な口調で反論した。


「私には、どう考えてもあの子が凄いヒーラーだとは思えないのですが」

「まあ、気持ちは分かる」


 登録する時のミアの姿を思い出して、マシューが困ったような顔をした。

 あの時のミアを見ていたら、たしかにマシューやガロンの言葉を素直に受け取れないだろう。

 しばらく女性の顔を見つめていたマシューが、やがて大きなため息をついた。


「仕方がない。じゃあ、せめて分け前だけでも渡してやりたいんだが、エム商会っていう会社の場所を知ってたら教えてもらえないか?」


 諦めたように、マシューが言った。

 その途端。


「エム商会だって!?」


 ギルド中にどよめきが起こった。

 窓口の女性が、驚いたように聞き直す。


「今、何て?」


 周りの雰囲気に戸惑いながらも、マシューが答えた。


「えっと、ミアは、エム商会っていう会社の社員らしいんだ。だからその場所を……」


 どよどよ……

 ざわざわ……


「あの子、エム商会の社員だったのか!」

「エム商会にまたあんなに可愛い子が入ったのかよ!」

「エム商会なら、強くても納得だ」


 周囲の声を、マシューたちは不思議そうに聞いている。


「エム商会って、何なの?」


 エイダの羽交い締めを解いて、マギが女性に聞いた。メンバー全員がはてなマークを浮かべている。

 マギの問いに、女性は今までと打って変わって丁寧に答えた。


「エム商会は、この町で何でも屋をやっている会社です。エム商会は護衛で失敗しない--町にいる冒険者や傭兵の間では、とてもよく知られた話です。黒のミナセ、赤のヒューリ、そして、紫のフェリシア。この三人は無敵だと……」

「フェリシア!」


 フェリシアの名に、エイダが大きく反応する。


「はい。フェリシアさんは最近入社されたようですが、三人のうちの一人でもいれば、商隊の安全は保証されたも同然だとよくみんなが話しています」


 マシューたちは、女性の答えに唖然としていた。


「ミアさんがエム商会の社員だと言うのなら、マシューさんの話も頷けます。先ほどは大変失礼いたしました。ミアさんの実績は、きちんと記録させていただきます。もちろん、報酬もお渡しいたします」

「よろしく、頼む」

「ミアさんは、近いうちにギルドにいらっしゃるんですよね?」

「たぶんな」

「よかった! ギルドとしても、エム商会と接点を持てるのは大歓迎です。もしまたミアさんと会うことがあったら、なるべく早くお越しいただくようお伝えください」

「……分かった」


 にこやかに見送られながら、マシューたちはギルドを出た。


「ミアちゃん、凄い子だったんだな」

「ミアが凄いっていうか、エム商会が凄いんじゃない?」


 ガロンとマギの会話を、マシューが背中で聞いている。


 故郷の”化け物”を見返すために、修行の旅に出た。それが今回、あわや全滅の憂き目にあった。


 底なしの魔力を持つミア。

 驚異的な魔法を操るフェリシア。

 そんな二人に、その危機を救われた。


 ランクA二人を擁するパーティー。

 地元ウロルでは有名なパーティー。


「まったく。俺たちなんて、まだまだじゃねぇか」


 肩を落としてマシューがつぶやいた。


「ほんと、世の中ってのは広いんだな」


 一つ息を吐き出して、しかしマシューは不敵に笑う。


「だからこそ、世の中ってのはおもしれぇ!」


 剣を握り締めながら、挑戦的な目で、マシューは空を睨み付けていた。



「クシュン!」

「ちょっと、静かにして!」

「すみません」


 建物の陰に潜むフェリシアが、隣のミアを睨む。


「風邪?」

「いえ、違うと思います。きっと誰かが……」

「しーっ!」


 フェリシアがミアの口を押さえる。

 フェリシアの目配せで、ミアは、そっと向かいの武器屋を覗いた。



「お母さん! まだ無理したらダメだって言ったでしょう?」


 箒を持って立っている母親に向かって、娘が怒っている。

 怒られた母親は、しかし嬉しそうに答えた。


「ごめんね。でも、今日はとっても気分がいいのよ」

「まったくもう。せっかく体調がよくなってきてるのに、またこじらせちゃったらどうするのよ」


 怒られてもニコニコ笑っている母親に、娘は呆れ半分、心配半分で続ける。

 その会話に、可愛らしい声が加わった。


「お姉ちゃんがお母さんみだいだね!」


 ちりとりを持った女の子が楽しそうに言った。

 続けて。


「怒り方もそっくりだよな」


 いつの間にやってきたのか、男の子が後ろでニヤニヤしている。


「あんたまで! お父さん、何とか言ってやってよ」


 頬を膨らませる娘が、男の子の後ろに立っている父親に加勢を求めた。


「あははは」


 だが父親は、苦笑するのみで加勢はしてくれないらしい。

 孤立無縁の娘は、不満いっぱいの顔でそっぽを向いた。


「それにしても」


 父親が、膨れている娘に聞く。


「カーラ。本当に、エム商会って知らないのか?」


 その問い掛けに、膨れっ面を止めてカーラが答えた。


「知らないわ。一度だけお屋敷に黒髪の男の人が来たみたいだけど、その人が来たのって結構最近だし、お父さんの言ってた社長さんかどうかも分からないし」

「そうか」


 エム商会のマーク。

 男はたしかにそう名乗った。

 カーラの依頼で来たという黒髪の男と、美しい二人の女。


 ナイフと引き替えに薬を置いていき、驚くような治癒魔法の施術をしてくれた。

 そして不思議なことに、その男たちが帰った後すぐに。


「すみません。お店、やってますか?」


 突然、冒険者のパーティーが声を掛けてきた。


「あ、はい。大丈夫です!」


 父親が笑顔で答える。


「じゃあ私たちは……」


 女性三人は、パーティーに会釈をしながら店の奥へと入っていく。


「俺、手伝う!」


 男の子の声を、父親が嬉しそうに聞いていた。


「お客さん、増えてきたわね」

「そうね。ダンジョンの入り口が開いて本当に良かったわ」


 奥の扉を開けながら、母娘も嬉しそうに笑った。


 村を危機に陥れていた、ダンジョンを塞ぐ巨大な岩。その重量は、どう考えても自然に動くようなものではなかった。その大きさは、軍隊でも動員しない限りどうしようもないだろうと思われていた。

 それがいつの間にか、きれいに真横に転がっていて、ダンジョンの入り口がぽっかりと開いていた。


 そして村は、活気を取り戻す。

 カーラの実家の武器屋も、以前のような賑わいを見せていた。


 村人たちは、理由の分からないその現象を村の守り神のおかげだと言い、朽ち掛けていた古い神殿を修復して崇めている。


「神様に感謝しなくちゃね」


 カーラの言葉に、女の子が反論した。


「きっと、私の日頃の行いが良かったからよ!」

「ま、そういうことにしときましょ」


 カーラが笑う。

 母親も笑う。


「ありがとうございました!」


 店とつながる扉の向こうから、元気な男の子の声が聞こえてきた。

 試練を乗り越えて、一家は今、幸せな日々を過ごしていた。



 一家の無事を見届けた二人が、そっと物陰から離れていく。


「これで一件落着、なんでしょうか?」


 路地を歩きながら、ミアがちょっと納得がいかないという顔をしている。


「私としては、もっとこう、バッサリというか、コテンパンというか、徹底的に伯爵家をやっつけちゃうっていうイメージだったんですけど」


 まるで剣でも振り回しているかようなミアの動きに、フェリシアは笑った。


「私は、これで良かったと思うわ。真実を明らかにすることが、必ずしも正しいとは限らない。メイドの女性たちに不幸の上塗りをする権利なんて、私たちにはないもの」


 フェリシアの言葉に、ちょっと首を傾げた後、ミアは大きく頷いた。


「たしかにそうですね。納得です!」


 ミアの表情は、今度は晴れやかだ。


 二人が見てきた通り、カーラは実家に戻っていた。しかし、ほかの二人のメイドは屋敷に残っている。

 メリルから自由だと言われたメイドたちは、何も知らないままそれぞれの判断を下した。あれ以来、メリルは使用人たちにずいぶんと気を遣うようになっている。


 結局、あの人も被害者だったってことかしらね


 メリルの顔を思い出しながら、フェリシアがそっと目を閉じた。

 その目を改めて開いて、フェリシアが隣を見る。


「ところでミア、ギルドには行かなくていいの? マシューさんに言われているんでしょう?」


 ギルドに行くことをなぜか渋っているミアに、フェリシアが聞いた。

 聞かれたミアは、ちょっと躊躇った後、うつむきながら、恥ずかしそうに答える。


「じつは……」

「じつは?」

「登録カード、なくしちゃったんですよねぇ」

「……」

「……てへ」


 ポカッ!


「あいたっ!」

「何やってるの!」

「すみませ~ん」


 フェリシアがプンプン怒る。ミアが、涙目で頭を押さえる。

 そんな二人を見下ろしながら、輝く太陽が楽しそうに笑っていた。




 それぞれのその後 了

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