幕間-ハンバーグ-
自慢の秘密
「今日はこれまで!」
「ありがとうございました!」
みんなが一斉に礼をする。
そして。
バタリ
ミアが、倒れた。
「うぅ~、もう動けませ~ん」
「大丈夫?」
フェリシアが、かがみ込んでミアを介抱する。
「フェリシア、甘やかし過ぎ」
シンシアが冷たく言いながら、それでも濡れたタオルをミアの手に握らせた。
そこに、ミナセが寄っていく。
「ミアは動きに無駄が多いんだ。もうちょっと考えて……」
アドバイスともお説教ともつかないミナセの言葉を、ミアは倒れたままで聞いていた。
その時。
今だ!
みんなの目がミアに向いたそのチャンスを逃さず、ヒューリが、リリアの腕をとって庭の隅へと引っ張っていく。
「何ですか?」
急な出来事にも、リリアは動じない。
いつもの可愛らしい顔でニコニコと笑っていた。
「リリア、あのさ」
「はい」
「えっと……」
「?」
首を傾げながら、リリアがヒューリの言葉を待つ。
「じつは、お願いがあるんだけど」
「どんなことですか?」
「あさっての金曜日、事務所でパーティーがあるだろ?」
昨日マークが、お客様から珍しいお酒をもらってきたのだ。
最近手に入りにくくなった、エルドアのビンテージワイン。
普段は酒を飲まないリリアが「私も、ちょっとだけ飲んでみたいです!」と言ったその一言で、パーティー開催が決まった。
「はい、楽しみですよね!」
「まあね。でね、そのパーティーで、その……」
「?」
反対側に首を傾げて、やっぱりリリアは待つ。
なかなか口を開かないヒューリをじっと待つ。
「わ、私も、何か料理を作ってみたいと思うんだけど……」
ヒューリが、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「いいじゃないですかっ!」
「しーっ!」
大きく反応したリリアの口を、ヒューリが慌てて押さえる。
「静かに頼む」
コクコク
頷くリリアの口から手を外して、またヒューリがうつむく。
「でね、その……」
「料理を教えればいいんですね」
「話が早くて助かるよ」
「それで、どんな料理を作りたいんですか?」
「それなんだけどさ。えーっと……」
「?」
とことん歯切れの悪いヒューリを、リリアは黙って待つ。
本当にいい子だ。
「どうせ作るならさ、……が喜ぶ……」
「えっ? すみません、ちょっと聞こえませんでした」
「だからさ、どうせ作るなら、その……しゃ、社長が喜ぶ……」
「おぉっ!」
「しーっ!」
再び反応したリリアの口を、ヒューリが慌てて押さえる。
「静かに、頼む」
コクコク
頷くリリアの口から手を外して、ヒューリがまたうつむく。
「それでさ、リリア、社長が好きな食べ物、知ってるかなって思って」
ヒューリは、リリアより背が高い。
うつむくヒューリの顔は、リリアに丸見えだ。
その顔を見ながら、リリアは考えた。
社長の好きな食べ物……
マークは、自分で料理をしないかわりに、どんなものでも美味しそうに食べた。リリアも何度か好きな食べ物を聞いたことがあるが、「何でも大丈夫だよ」と笑うばかりで、これと言った好みは分からなかった。
でも、最近気付いたことがある。
マークは、社員の誰かが作った手料理が出てくると、それを食べる前に、ほんの少しだけ間を空ける。そして飲み込んだ後、少しだけ目を細める。
同じ料理でも、食堂で食べる場合や、お店で買ってきた場合にはその動作がない。
社長は手料理が好き。
そんなマークが、同じように手料理を食べていても、普通より噛む動作がゆっくりになり、飲み込んだ後、普通よりさらに目が細くなる料理が、確実に一つあった。
本当に少しの差。ごくわずかな違い。でも、それは間違いなくマークの好きな食べ物。
社長は、ハンバーグが好き。
ミナセに言われて続けてきた人間観察。その中で、一番長い時間、一番注意深く見てきた人。
その人が喜ぶ食べ物。
それは、手作りのハンバーグ。
誰にも言っていないリリアの秘密。
リリアだけの、自慢の秘密。
リリアがヒューリを見る。
ぎゅっと握られているその拳を見る。
そしてリリアは言った。
「ハンバーグなら、絶対間違いないです!」
自信を持って言った。
「ヒューリさん。手作りハンバーグを作りましょう!」
迷いのない真っ直ぐな声。
かげりのないきれいな笑顔。
「ハンバーグか……。よし、分かった!」
ヒューリが、安心したように笑う。
「でさ、いろいろ言って悪いんだけど、できればその……」
「こっそり練習したいんですね?」
「そうなんだよ。それと、できれば当日も、作ってるところを見られたくないんだけど」
「それって、ヒューリさんが作ったってことも内緒で、社長に食べてもらいたいってことですか?」
「まあ、ね」
リリアが、頬に指を当てて考え込む。
面倒な相談だ。ヒューリの要望はかなりややこしい。
それでも。
「分かりました!」
リリアが笑った。
「ヒューリさんの作った料理は、私が作ったことにしましょう」
「助かるよ」
「その日、ミナセさんとフェリシアさんは仕事が遅くなるから、もともと料理は担当しません。社長も帰りは遅いはずです。ミアさんには、買い出しを頼んで外に出てもらいましょう。そうすれば、作ってるところを見られずに済みます」
「おおっ、いいね!」
「でも、シンシアには黙っている訳にはいかないと思います。練習することを考えると、ごまかすのは難しいです」
シンシアは、リリアと一緒に事務所に住んでいる。
たしかに、シンシアには言っておかなければならないだろう。
「シンシアかぁ」
ヒューリが、さりげなくシンシアを見た。
その視線を、シンシアが察知した。真後ろにいたヒューリを鋭く振り返る。
「うっ! あいつ、やるようになった」
絞り出すようにヒューリがつぶやき、そしてリリアに言った。
「シンシアには、言っておこう」
こうしてヒューリは、リリアにハンバーグ作りを習うことになったのだった。
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